ようやく、念願の文楽を大阪の国立文楽劇場で観る
機会に恵まれた。
前回観たのは、高3の時の熊本県立劇場の二階席
であったが、今回は、なんと一番前のど真ん中が
空いておりますと来たので、即確保しておいた。
いやはや、人形遣いの方の息遣いまで手に取るほど
よくわかるが、どうにも目が合ってしまうのが情けない。
本来観るべきものは人形の所作なのだが・・・
一つ目は、「粂仙人吉野花王(くめのせんにんよしの
ざくら)」。
聖徳太子の兄である粂仙人は、吉野の深山に住む、
秘術を使う悪者仙人で三種の神器までも我が物
としている。そこに単身訪ねてきた麗しき女性の花ます。
登場するや否やの色仕掛け。
ルパンの不~二子ちゃんもまいっちんぐマチコ先生
(古い?)も真っ青な程のねっとりとした色気で仙人
に迫る。
前夫との出会いを思い出す花ます。桂川を渡るところを
回想し、仙人の前で再現する。
「サァたとへ水に溺るるともこの川を渡って逢わんと」
深紅の着物の裾を大きくまくる。
その刹那、真っ白な二本の足が・・・
それを後ろで見ていた仙人は卒倒する。
最後は仙人に酒をしこたま飲ませ、べろべろにさせた上で、
神器を奪うと、岩山を力強くぐいぐいと登っていく。
「ファイトォいっぱあーつ!」以上の大迫力。
太夫の声も三味の音も最高潮を迎える。
そしてついに、仙人により滝に閉じ込められていた
竜神竜女を開放してやると、怒涛の雷鳴とともに恵みの
大雨が降り出した。
その時の、花ますの顔に目は釘付けに。
達成感120%の喜びと自信に満ちたとても良い顔を
しているのだ。
花ますは、旱魃に苦しめられている住民を救うため
だけににここまでやったのではないのだ。
亡き夫の汚名を晴らすためにあそこまでの色仕掛けを
使ったのである。
そういう意味では不~二子ちゃんとはわけが違う。
そういう背景があるだけに、「よくやった花ます~」
と労いの言葉をかけずにはおれぬほど、
「人形が人形以上に凄くなる」瞬間を迎えたのである。
本当に、本来無表情な人形の顔がとても誇らしげに
見えるのである。
二つ目は、「加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうの
にしきえ)」。
ストーリーは、いわゆる忠臣蔵を下敷きにした、大奥
版忠臣蔵という風情で、上司(尾上)の仇討ちを果た
した部下の女中(お初)がむしろ上の人に取り立て
られるというサクセスストーリー。
本物の忠臣蔵では切腹を命じられた四十七士に感情
移入し、綱吉の処置に疑問を感じていた庶民が溜飲を
下げる内容とも言える。
この物語で面白いと思ったのは、お局の岩藤にいじめ
倒されるもののそのことを自分の胸の内にだけしまって
おく尾上と、そのいじめの件を噂話で間接的に聞いた
上で、尾上一味の悪巧みのやりとりを覗き見して
しまったお初のそれぞれが、相手の気持ちを慮る
がゆえに、自分の胸の内を相手に伝えないで物語が
進行していくところ。
特に、屋敷の中の段では、それぞれが仕切られた部屋
の中で、今後どう行動すべきかを思案するシーンがある
のだが、当然観客からは両方のシーンが同時に
目に入る。
しかし、観客は、尾上の立場にも、お初の立場にも立って
感情移入し、物語に参加していくことが求められる。
今日思ったことは、文楽を味わうためには、自分が
人形と一つにならなければならないということ。
もっと言えば、義太夫とも三味線とも人形遣いとも
含めて
一つにならなければならないということ。
これが最初は難しいのだが、慣れてくるといつの
まにか、人形と一体化している自分がいる。
そういうものであるだけに、このような設定は観て
いる方としてもより真剣にならざるを得ないの
である(*1)。
そしてついに、尾上は自害。
それを発見したお初は大号泣、と同時に仇討ちを
決意する。不覚にもこのシーンでは、はらはらと
涙を流してしまった。
人形遣いと目が合うことを恥ずかしいと心配していた
自分が、今は完全に人形と同化しきっている。
文楽恐るべし、である。
さらに物語は佳境へ。
それまでは、上司に尽くすかわいくて賢い女中風情の
お初の顔つきも態度も一変。
燃えたぎる気持ちをもちつつも、自分の仕事を冷静に
認識して「仕事」に望まんとする必殺仕事人の趣きだ。
最後の闘いが始まる。
岩藤とお初の真剣勝負。
さすがは武家出身のお初、岩藤を討ち果たす。
そしてこのシーンでも、着物のすそがまくれ上がる。
しかしそこに、粂仙人の花ますが見せた「女」は全く
感じない。
力強く大地に立つ二本の白い足があるのだ。
実は、文楽の女形(おやま)の人形には通常足はない。
足がある物語はとても限られているとのこと。
今日はそういう珍しい二本の物語と出会うことができた
わけである。
もっと書きたいことは山ほどあるが、
とりあえずこのくらいにしておこう。
早くも、次回公演が大きな楽しみとなってしまった。
(*1)したがって、「心の理論」が発達していない段階の子供
には到底理解不能なものだろう。そもそも、義太夫が何を
言っているかわからないだろうから、ある程度の年齢に
ならなければ楽しむことは無理なのだろうけど・・・
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