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カテゴリー「career」の記事

2009年2月15日 (日)

学生さんへのエール

仕事柄、たくさんの学生さんと会ってきた。

彼ら彼女らがが最終的に決断する場面にも

数多く立ち会ってきた。

そのため、色々な人から、

「どういうところを見ているのか」

と聞かれることが多い。

                                                 しかし、こちらは、ここを見てやろうと、

鬼のように意を決して

学生さんと面と向かっているわけではない。

あくまでも自然体である。

ただ、それでは答えになっていないのだろう。

                                                 もう少し言えば、毎年思うのは、

他人の心持ちや置かれた状況を踏まえて、

自分の行動が取れるような人がいいな、ということ。

                                                人との関係性を持たずに済むような仕事はない

と思う。

ましてや、会社という組織で働く場合はなおさらである。

                                                そう思っていた矢先、

樋口弘和氏による、

『新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか』

(光文社新書385)

という本を手に取った。

氏は、若者たちに必要なものは、

「自己認識力」と「他人の気持ちを察する能力」

だという。

経験的にも、まさにその通りだと思う。

一方で、氏は基礎的資質としては、

「素直さ」と「向上心」だというが、

これもまた経験的にその通りだと思っていた。

                                                 しかし、上記の2つの能力と、これら2つの資質とは

一体どういう関係にあるのだろうか。

また、2つの能力のうち、前者と後者はどういう関係に

あるのだろうか。

                                                 これが今春の私の大きな問いなのだ。

一つめの問いには、ある仮説がある。

その一つのキーワードは、家族の愛情である。

(氏は、「親のしつけ」と表現している)

二つめの問いに答えるには、ニューロンの段階にまで

立ち戻って科学的知見の積み重ね状況を確認する

必要がある。

                                                今年は本業に苦戦しそうなので、どこまで多くの学生

さんとお会いできるのかわからないが、

私としては、

これまで同様自然体での出会いを重ねる中で、

2つの問いの答えに近づくことができたら、

と思っている。

                                                    とはいえ、就活中の学生さんが、

今から、意気込んで「自己認識力」と

「他人の気持ちを察する能力」を伸ばそうとする必要は

ないと思う。

今、まさに真っ只中にいる就活にどっぷりと浸かって

いれば、

結果としてそれらの能力は向上するものなのだから。

ただし、だいぶしんどい。

しんどいけど、やなねばならぬ。

登らねばならぬ。

                                                私から、皆さんへのエールである。

2008年10月13日 (月)

拝啓、表三郎先生。

表 三郎。

私の人格形成に、確実に大きな影響を与えてくれた

一人である。

熊本の高校生が京都堀川丸太町の予備校に来て

一番に度肝を抜かれたのが表先生の講義であった。

                                                            ただの英語の授業なのに、

なぜここまで脱線するのか?

たった一文の和訳なのにも拘わらず、

大きな通る少し高い声で、深く、広く、しつこいほどに

解説をしてくれた。

しかも、学生時代はバリバリの学生運動の活動家

だったという。

                                                   その講義の面白さには時間も我も忘れて没入した。

多分、その時の私は口を開けたままで、

先生の話を聞くことに没頭していたに違いない。

                                                           ヴィドゲンシュタインの

「語りえぬものには沈黙しなければならぬ」。

シニフィアンとシニフィエ。

マラルメの詩集。

私がマーラーの交響曲を愛するようになったのも

先生のせいですぞ。

                                                 しかし、なぜ先生はそこまで自信を持って、

「脱線」していたのか?

その答えが、20年経った今明らかにされた。

                                                        「私は、英語理解は、受験勉強だけでは得られない

ことがわかっていたからだ。

英語を理解することは、究極的には英語を使う人を

理解することにほかならない。

人を理解するためには、自分を理解することが必要

であり、そこを突き詰めていくと、

どう生きるべきかという問題にまで至る。」

(『問いの魔力』サンマーク出版、2008)

                                                  そんな先生の薫陶を受けることができて本当に

よかったと思っている。

最後、第一志望校には受からなかったが、

それよりも何よりも、先生に出会って、

その場の空気を共有できたことが何よりも

よい肥やしになっているような気がするのだ。

                                                 しかし、先生。

どう生きるべきか、未だに悩んでいます。

悪戦苦闘の毎日ですが、

まだまだ泥だらけのじゃがいもですが、

いつかは美味しいマッシュポテトになれれば

いいなと思って日々生きています。

2008年9月15日 (月)

フロー体験しているか?

ミハイ・チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi)

先生の『フロー体験とグッドビジネス』

(Good Business、世界思想社、2008.8)を読んだ。

先生の著書は、『楽しみの社会学、改題新装版』

(新思索社、2000.12)に続き2冊目である。

                                                    前回読んだ書は、「フロー(flow)」、

すなわち「全人的に行為に没入している時に人が

感ずる包括的感覚」についての概論という感じ

であったが、

今回はビジネス上のフローに焦点を絞ってある、

「うん。まさにこういうのが読みたかった」

という私のつぼにピタリとはまる書であった。

293ページの比較的分厚めの本であったが、

読み始めると、どんどん進む。

まさにフロー体験しながら、

すぐに読み終わってしまった。

                                                  先生は、有名になったソニーの「設立趣意書」、

                                                「・・・コレハ技術者達ニ技術スル事ニ深イ喜ビヲ

感ジ、

ソノ社会的使命ヲ自覚シテ思イキリ働ケル安定

シタ職場ヲコシラエタルノガ第一ノ目的デアッタ。

・・・」

                                                 を引用し、

「社会必要性に応えながら、喜びをもって思いきり

働くということ」が、

フローが職場で機能方法を完璧に表現している」

という。

                                                           そして、そこで働く者がフローを感じるためには、

その仕事の難易度、すなわちチャレンジと、

その人の能力、すなわちスキルとがバランスする

必要がある。

                                                 しかし、時間の経過とともにスキルが上がると

そのバランスが崩れ、フローは退屈へと変化する。

そこで大切なのが、

上司たるマネジャーがそのチャレンジを増大させる

マネジメントである。

「簡単につかむことができるものを越えたものに

手を伸ばすべき」だと言うのである。

                                                 これは、前回記事で引用した茂木先生の

『ひらめきの導火線』(PHP新書、2008.9)で、

触れられている、

「改善したところをまた改善して、さらに改善する」

という、トヨタ自動車のモットーと重なる。

                                                  この「オープンエンド」の思想こそが、

従業員をよりチャレンジングな仕事に向かわせ、

常に従業員にフロー体験を味わわせる原動力

となっているのではないだろうか。

                                                 茂木先生が言うように、

「どこまで行っても、「もういっちょう」「まだまだ」

と挑戦し続ける」凄みのようなものがそこにあり、

そういう場所にこそ、

フローの神さまが降りてくるのである。

                                                         一方、チクセントミハイ先生は、

「人生と呼んでいるものは、

長年にわたり注意力のフィルターにかけてきた

すべての体験の総量である。

この観点から、

何に注意を払うか、またどのように注意を

払うかが、人生の中身と質を決定するという

ことを容易に理解できるだろう。」

とさらりと言ってのけている。

                                                 このさらり、は胸が痛い。

ただ待っていてもフローは訪れないのだ。

日々フロー体験をするために、

自分は何をどうすればよいのかを日々真剣に

考え続けているのか?

そう自問自答すると、確かに答えに窮する。

                                                 日々こなさねばならぬ雑事があるとともに、

長い目で見て、今対応しておかねばならぬことも

ごまんとあり、

そのバランスに悩みながら、なんとか仕事を

こなしているのが現状である。

                                                           まあ、悩んでばかりいても始まらぬ。

改めて、「フロー」という観点から日々の仕事を

見つめ直してみることから始めてみよう。

2008年2月17日 (日)

披露宴にて

久しぶりに結婚披露宴にお声をかけて頂いた。

派手な演出も余興もなく、

ゆったりとした時間が流れていく。

とても居心地のよい宴であった。

                                                             その宴の最後に、新婦は言った。

                                                                「パパもママも望んだように大きくならなかった

かもしれないけど、

いつも私の話をきちんと聴いてくれて、

私のことを理解してくれて、

ありがとう。」

                                                              ご両親が心を込めて育てられたこと、

お嬢様がそういうご両親のもと、

のびのびと成長されたこと、

そして、思いやりに溢れるご家庭で

あることがとてもよくわかる、

ご両親へのメッセージであった。

2008年1月24日 (木)

今年がんばる学生さんへ。

仕事で同志社大学のハーディホールへ行った。

素晴らしいホールである。

こだわってイギリスから輸入されたというレンガ

がびっしりと壁に敷き詰められている。

                                                            眼の前には、いきいきと眼を輝かせた学生さん

達がいた。

                                                 これから数ヶ月。

皆さんは決してあきらめてはいけない。

決して絶望してはいけない。

苦しくても、つらくても、前を向いて歩いていく

だけだ。

                                                                そしてもうひとつ。

その過程では、

自分にも他人にも嘘をついてはいけない。

自分にも他人にも正直であれ。

                                                 そんな思いで学生さんと向き合っていた時、

ふと見上げると、正面に

                                                                  ”Go, go, go in peace. Be strong.

The mysterious Hand will guide you.”

                                                      との文字が見えた。

                                                    そう。その通りなんだよ。

もがいていれば、

あきらめなければ、

絶望しなければ、

正直であれば、

見えざる手が導いてくれるのだ。

                                                         後で学生さんに、その言葉は

新島襄氏のものだと聞いた。

本来は「主の導き」と訳すものなのかも

しれないが、

その見えざる手は、実は学生さんの自身の

手の中にこそ宿るのだ。

そう。

「主」は皆さん方自身なのだと思うのです。

                                                衆生本来「主」なり。

2007年12月16日 (日)

マエストロとの邂逅

実は、今回の学会での一番の楽しみは別な所に

あった。

記念講演のお二方め、伏見の造り酒屋、

招徳酒造さんの木村紫晃社長にお会いすること

である。

実は今夏、招徳さんの「西山」というお酒を錦の

津之喜さんで頂いたことがあったのだ。

加えて、先般、同じく伏見の月桂冠さんの

蔵の中に入らせて頂くような経験もさせて頂いて

おり、直接お話を伺いたかった次第。

いやいや、さらに最後の懇親会では、

招徳さんのお酒が振舞われるというではないか。

日本酒に目のないあっしとしては、

是が非でも行かねばなるまいと、

この日が来ることを、首を長くして待っていた

のである。

                                                           まずはご講演が面白い。

木村社長は、大学で土壌微生物学をご専攻され、

卒業後は研究所で勤務された。

数年後、学生時代に没頭された演劇が忘れ

られず、演劇学科のある専門学校の教師に

なろうかと面接を受けたところ、

まあえーかと、新設されるバイオ系の学科の

担当となる。

それから30歳頃から実家に戻り、

酒造りに参画される。

そこで直面されたものは、杜氏の方の高齢化。

8~9年程前には、女性の技術者を採用され、

杜氏の方の技能を彼女に伝承されるよう

努められた。

今では、その彼女こそが杜氏であるという。

現在は、酒造りは土造りというお考えのもと、

米作り農家の方と協力して、土造りから、

米造り、そして酒造りまで一貫して関与する

ことで、本当に美味い酒造りを目指しておられる

のである。

こう拝見すると、木村社長の歩みこそ、

事前に詳細に計画されたキャリアプランを

計画通りに歩まれてきたのではないことが

わかる。

ある程度の進むべき方向性めいたものはあるが、

ある部分では、その時の状況に身を任せて

来られたところも大いにある。

まさに、前回記事で触れた、

「キャリアをデザインしない勇気」

がおありであったに違いない。

                                                             そして、さらに講演の中で、西山さんの正体が判明

木村社長の「顔の見える」契約農家こそが

西山さんなのだ。

まだお若い。

しかし、写真を通じて、お米作りのつらい部分

は多々あるのだろうけれども、

良いお米を作ることが楽しくてたまらない、

という感じが伝わってくる。

                                                               さておき、懇親会の始まり始まり。

各テーブルには、12/3(月)朝に絞られた

ばかりのお酒が置いてある。

                                                           早速頂戴した。

香りも良い。

飲むとその芳香がふわっと広がる。

蜜りんごのような甘く端整な香りである。

お味も優しい。

伏見の女水ならではという感じである。

自然の甘みがなんとも言えない。

たしかに、木村社長のイメージではなく、

写真で拝見した杜氏の女性のイメージに近い。

                                                              別のお酒も頂戴した。

珍しい「生酛(きもと)」造りのお酒。

こちらのお酒は、お米の香ばしさがきちんと

表現されたものである。

その代わり、女性らしさというよりも、

男らしい感じである。

私はどちらかと言えば、このように

お米の穀物としての味と香りが残っている方が

好きだ(木村社長も、そうらしい・・・).

                                                            実は今、前者の「純米吟醸 しぼりたて」を頂き

ながらこれを書いている。

もう一度、社長のお酒を飲みたくなって、

津之喜さんで頂いてきた。

048

アテは、錦の畠中商店さんの甘くてやさしい

「イカの塩辛」と、

同じく錦の鳥清さんで頂いた、

丹波あじわい地鶏を使った、端麗な「鳥ハム」。

そして、バッキーさんちの大人味の「日野菜漬」。

047

グラスは、日本酒の場合、いつもそうなのだが、

京都在住のガラス職人、宮川磨理子さんに

造って頂いたもの。

口が広いグラスのせいか、

時間が経つにつれ、お酒の香りがどんどん

広がってくる。

自然な、自然な、はんなりとした吟醸香だ。

                                                             なぜか、BGMはチェビリダッケ指揮、

ミュンヘンフィルのブルックナー交響曲第5番。

1986年のサントリーホールこけら落としの

語り継がれる大名演である。

                                                                 マエストロ木村社長、杜氏の女性の方、その他

関係者の皆さんにたくさん拍手。

学会の合間に見た神戸の夜景

12/15(土)は昼過ぎから神戸へ。

元町で降り、最近すっかりハマってしまっている

別館牡丹園さんへやはり足が向く。

五目かた焼そばを注文。

こちらのかた焼そばは本当にうまい。

                                                            硬くて香ばしい麺の上に、

アツアツの具がゴージャスに高く載せられてくる。

見た目にも、食べても、本当にまいうーである。

地元のご年配の方がお客様に多いのも頷ける。

元町に出たついでに、ふらっとお店に入り、

美味しい中華をさらっと頂く。

皆さんそんな風情なのだろう。

                                                            その後、ポートライナーに乗り市民病院前で下車。

目指すは神戸学院大学である。

今日は、会員として所属する

日本キャリアデザイン学会の関西支部設立記念

講演会と総会に参加するのだ。

                                                               まずは、事務局長の川喜多先生(法政大学)が

ご挨拶される。

                                                                この学会は、3つの垣根を越えていくものだと仰る。

一つは、世代毎に輪切りにするのではなく、人間

の一生を世代の垣根を越えて研究すること。

二つめは、職種の垣根を越えた集まりであること。

大学の先生が2割、企業の人事・教育担当者や

キャリアカウンセラー等の実務家が8割という。

三つめは、専門の垣根を越えた集まりであること。

心理学、経営学、社会学等様々なご専攻の先生方

集まりなのである。

まさしく、私が本学会に参加しているのも、

その三つの垣根を越えていく面白さがあるからだ。

                                                             そして、川喜多先生は、学会設立時に野村先生

という方から言われたという言葉を紹介された。

                                                          「この学会は、キャリアをデザインしない勇気という

ことも研究するのですよね」

                                                           なんらかの形で「キャリア」に携わる者にとって、

この言葉は常に懐に抱いておかねばならぬもの

である。

私自身の胸にも深く刻まれた言葉となった。

                                                           一方、遅れて来られた、会長の渡辺三枝子先生も

ご挨拶をされた。

今回のように、西に支部組織のようなものを設ける

と、それぞれの組織がばらばらの活動を始め、

ひどい場合には対立をするようなこともあるので

事務局として十分に留意して行きたいと仰って

いたが、設立総会の冒頭でこのような話をされる

ことは流石だと思った。

                                                             流石の二つめは、原案作りをされたという、

小学校から高校にまで及ぶ、

「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み

(例)」についてである。

これは、職業的発達にかかわる能力を、

①人間関係形成能力

②情報活用能力

③将来設計能力

④意思決定能力

の4つに分けて、各段階毎に身につけることが

期待される内容を具体化したものであり、

今回は、三川俊樹先生(追手門学院大学)が

記念講演の中でご紹介されていた。

                                                    これについて、渡辺先生は、あくまで4つの事例を

示したもので、これが全てとは考えていない旨

仰られたが、これもまたその通りだと思う。

本来、職業に就く上で必要とされる能力を

挙げればきりがないものだと思うし、

そもそも実証することが極めて難しい。

加えて、このような個々の能力では表現しきれ

ない全人格的な魅力のようなものが要求される

と思うのだが、なかなか文字にすることが難しい。

こういうことこそがまさに、今後の本学会の課題

なのだろう。

                                                             事務局となる先生方が、このようなお考えで

いらっしゃることが、本学会がまっとうな研究組織

であることの一つの証だと思った。

                                                              講演会から懇談会の会場へ移動する時に

神戸の夜景が見えた。

美しかった。

きっと神戸の街の中は、ルミナリエで

もっともっと美しく輝いていることだろう。

045

2007年11月20日 (火)

キャリアアドバイザー漱石

どうしても漱石の話題が続く。

朝日文庫から『ジャーナリスト漱石 発言集』

(牧村健一郎編)が出た。

講談社学術文庫等にも入っている講演や短文を

再編成したものだが、

そういう括りで読んでみるのもまた一興かと

購入した次第である。

                                                                もちろん、ジャーナリスティックな観点からの

発言、分析もあるが、

ジャーナリストというよりも、

「キャリアアドバイザー漱石」とも言っても全く

過言ではない箇所が今回も気になってしまった。

                                                    明石で行われた講演『道楽と職業』の中で、

自らの職業に没頭すること、言い換えれば、

その道の専門家となることについて漱石は、

                                                          「自分の力に余りある所、即ち人よりも自分が

一段と抽(ぬき)んでて居る点に向つて人よりも

仕事を一倍して、其の一倍の報酬に自分の

不足した所を人から自分に仕向けて貰つて

双互の平均を保ちつつ生活を持続するといふ

事に帰着する」

                                                    と言う。

                                                                  そして、この考え方を、

「己れの為にする仕事の分量は人の為にする

仕事の分量と同じであるといふ方程式」

と名付けた。

                                                           人は、それぞれが、

天命により授けられた仕事に力を尽くしあう

ことで生きていくことができる存在である。

                                                             この漱石の方程式は、吉野源三郎氏による

『君たちはどう生きるか』の主人公である

コペル君が発見した、

「人間分子あみ目の法則」へと繋がるもの

でもあろう(2007-08-14記事参照)。

                                                           さらに、漱石は、

                                                          「職業といふものは要するに人の為にする

ものだといふ事に、どうしても根本義を

置かねばなりません」、

「職業と名のつく以上は趣味でも徳義でも

知識でも凡て一般社会が本尊になつて

自分は此本尊の鼻息を伺つて生活する

のが自然の理である」

と言い切る。

                                                              要は、彼に言わせると、

仕事は「他人本位」で遂行すべきということになる。

                                                          一方で、学習院の学生さんを前にした有名な講演、

『私の個人主義』では、

自らのこれまでのキャリアの軌跡を包み隠す

ことなく、自己開示してくれている。

                                                        帝国大学では英文学を専攻したものの、

これといって密度の濃い充実感を得られぬまま

に卒業、悶々としつつ、

松山、熊本の、尋常中学校、高等学校の教師

として過ごし、

文部省の言われるがままに英国へ留学した

漱石は、

「本領といふのがあるやうで、無いやうで、

何処を向いても、思い切つてやつと飛び

移れない」

と悩み、そういう自分を

                                                      「丁度霧の中に閉ぢ込められた孤独の人間の

やうに立ち竦(すく)んでしまつたのです」

と表現する。

                                                            そして、悩みに悩んだ挙句、

「此時私は始めて文学とは何(ど)んなもので

あるか、その概念を自分で作り上げるより外に、

私を救ふ途はないのだと悟った」。

                                                                 この心持を、漱石は、

「自己本位」

という四字で表現する。

                                                             はて。

「他人本位」と「自己本位」。

この矛盾をどう理解すべきか。

                                                             いやいや、これを矛盾と考えること自体が

おかしいのだ。

                                                            自己本位となるべきその源を、

自分の中にしかと認識すること。

そしてその一方で、

その源となる鉱脈をがちりがちりと掘り進める

ことが世の中のニーズと合致していること

なのかどうかを真摯に見極めること。

                                                           自らの今後のキャリアを切り拓いていく

時に必要なことは、

その両方なのである。

そして、その両方は決してばらばらのもの

ではなく、表裏一体を成しているものなのである。

                                                            自己本位でありつつ、他人本位であること。

                                                           自らのキャリアを考える時の基本のきを、

自分のキャリアを素材として、

ここまで分かりやすく解説してくれる

キャリアアドバイザーは

そうざらにはいないものである。

2007年11月18日 (日)

京に着ける夕

11/17(土)。

一週間経っても風邪がなかなか治らぬが、

ようやく自室でゆっくりと休むことができた。

しかし、夜からは京都へと向かった。

                                                           今回はいつものような独り飲みではない。

東京にいる会社の後輩達が、

「囲む会」なるものを企画してくれたのである。

「囲む会」というものは、ある程度年上の人と

飲む時にそういう言い方をするものだと

思っていたが、

いざ自分が囲まれてみると、

気恥ずかしさはあるものの、

やはり嬉しいものだ。

                                                                  特に、今回の後輩達とは、

今年の新入社員で、

彼らが学生さんの時に、

私が最終段階の面談者として接した人達

なのだから、お互い思い入れも深い。

                                                           おばんざいを食べたいというので、

よくお世話になっている、

きさくなお店、木屋町松原の「和」さんで一献。

いつものようにお兄さんに、

ぎょうさんサービスして頂いた。

ただ、後輩諸君に野菜中心のおばんざいでは

物足りないようで、

カマスの塩焼きを焼いてもらった。

                                                  そして、ふと窓の奥を見上げると、

清水から青いレーザービームが発射中。

おもしろい趣向ではあるが、、、

                                                          店を出て、最短距離の移動を避け、

宮川町経由で祇園へと歩く。

                                                              だらりの帯が3つ。

後輩の一人が興奮して走り出していた。

                                                             祇園では、私が大きな信頼を寄せている

大塚さんの「El tesoro」へ。

正直、あのyoung guysを連れて行くことに

若干の躊躇もあったが、

ここは本物を勉強させておくべきと思い

予約をしてしまっていた。

                                                              後輩くんの内、一人が、

                                                     「こんなうまいお酒初めて飲みました。

お酒ってこんなにおいしいんですね」

                                                             と真面目につぶやいた。

                                                           そう。

それで連れてきた甲斐があるってもんよ。

                                                              君たちは一流の存在になることを

求められている人たちなのだ。

そういう人たちには、色々な分野の一流を知る

ことが絶対的に必要なのである。

                                                              大人数にも拘わらず、

また、young guysばかりにも拘わらず、

一流の味を、直球ストレートで投げ込んでくれた

大塚さんにも感謝。

                                                            話は漱石の話題に変わる。

明治40年(1907年)春、

朝日新聞への転職が決まっていた漱石は

春寒の宵に京都へ着いた。

宿について湯に入ってさえ、震えるほど

寒かった。

                                                                翌早朝、下賀茂神社の糺の森で鳴く烏の声に

起された。

起きると、糺の森は、

濃やかな細雨にしっとりと濡れていた。

                                                           大学教師から新聞屋への大胆な転機に直面

している自分と、

今まさに寒くて堪らない糾の森の中にいる自分

とをオバーラップさせ、

                                                             「われを封じて、余は幾重ともなく寒いものに

取り囲まれていた」

                                                             と漱石は記した。

そして、こういう歌を詠んだ。

                                                        「春寒の社頭に鶴を夢みけり」

                                                              後輩諸君よ。

                                                                     白い白い鶴となって、

青い青い空を悠々と飛んで行くのだぞ。

2007年6月14日 (木)

たまには真面目に「キャリア」考

日本臨済禅中興の祖とされている白隠慧鶴

(はくいんえかく)禅師(1685~1768)による

「鳥刺し図」という禅画がある。

鳥刺しとは、江戸時代、大名が鷹狩りをするため

の生餌となる小鳥を捕まえることを生業とする、

いわゆる奴さんのこと。

長い竿の先に鳥もちを付け、捕りにしていたの

である。

白隠の画では、その鳥刺し奴が、木にかかった

わらじをとろうと四苦八苦している。

その画の中に白隠は次のような賛をつけた。

                                                             

 ばかやい、そりや鳥ではない、わらんじだはやい 

(ばかだなぁ~。鳥じゃなくて草鞋なんて刺してらぁ)

 子ども、だまれ、なんでもはいてくりよと思ふて

(こどもよ、だまれ。わしはなんとしてでもこの草鞋

を履いてやろうとして狙っているのだ)

                                                 これは、はたからどう見られようとも、何としてでも

見性(=自分の仏性に気付くこと、本来の面目を

悟ること)しようと粘っているのだ!ということを表現

しているという。

                                                 一方、中国禅の六祖慧能(ろくそえのう)の弟子

である南獄懐譲(なんがくえじょう)がそのまた弟子

である馬祖道(ばそどういつ)が坐禅ばかり

していることにけちつけた上で、一枚瓦をせっせと

磨き始めた。

それを見た馬祖道一が思わず、

 「和尚さん、何をしているのですか」

と尋ねると、南獄懐譲は、

 「これを磨いて鏡にするのじゃ」

という。馬祖道一は、またもや思わず、

 「瓦を磨いてどうするのですか」

とあきれて言った。

すると、坐禅を重んじているはずの南獄懐譲が、

 「その通り。しかし、坐禅をしてもさとりは決して

得られんぞ」

とズバリ切り返し、馬祖道一が一本とられて

しまった、という話がある。

                                                          閑話休題。最近、「キャリア」という言葉が益々幅

を利かせるようになった。恥ずかしながら、かくいう

私自身、キャリアコンサルタントという資格を持って

いるのだが・・・

さておき、昨今多くの会社で社内キャリア形成という

ことで、特に若手社員を中心に、今後のキャリアに

ついて、上司や人事と面談を行う機会が設けられ

るようになっている。

勢い、社内でも花形の部署や人気の海外勤務を

早くに経験することに眼が向いてしまう。

しかしながら、本当にそういうことでよいのだろうか。

会社は花形部署だけで、華麗なる海外部門だけで

成り立っているものではないし、花形部署だって、

いやだからこそ、地道な、しょーもないような仕事

が支えているのである。

一見、高い木に引っ掛かってなかなかとれない草鞋

を取るような仕事、ひたすら瓦を磨くようなアホらしく

見える仕事が粛々と進んでいるからこそ、かっこよく

見える仕事がよく映るのだ。

                                                  しかし、若手社員にとって、将来の大きな飛躍の

糧となる基礎体力が本当の意味で身につくのは

そういう地道なクソみたいな仕事の方なのである。

「キャリア」という言葉の原義は、馬車が走った

道筋、わだちということだと言う

後々振り返ってみれば、立派な道筋ができていた

ても、その時その時を一生懸命、必死に走って

来なければ、そういう道筋は得られるはずがない。

点が集合しなければ、線とはならぬように・・・

                                                社内キャリア面談を受ける本人も、面談者も、

白隠が、南獄懐譲が、本当に言いたかったことの

真髄を理解した上で本人のキャリアを議論しなけれ

ばならぬと改めて思った。

                                                 さもなければ、それこそ、ばかやい。

と言われるぞい。

2006年10月29日 (日)

初めての学会

サラリーマンである私が唯一加入している学会が

「日本キャリアデザイン学会」http://www.cdi-j.jp/

本学会の年に一度の大会が10/28(土)

立命館大学(衣笠)で開催され、大阪勤務になった

私にとってこれはチャンスとばかりに参加してきた

のでそのことを記す。

                                                当日朝は、もちろん前日ミナミでの深酒を引きずら

早起きをして京都へ向かう。通常ならば、定番と

なっ梅田食堂街の「奴」のかやくご飯定食から入

るのだが、今回は我慢して阪急電車に乗り込む。

終点の四条河原町までは行かず、烏丸駅で途中

下車し、「京都の朝が始まる」イノダコーヒーを

目指す。喫煙席でOKサインを出し、着席。

その名の通り「京都の朝」という名前のモーニング

セットを注文。

自家製というハムが程よい塩加減でめちゃうま。

イノダ独特のゆったりとした雰囲気の中コーヒーを

堪能していざ出陣。

立命館の構内に入るのは予備校時代、即ち昭和

61年以来となる。その時は駿台模試受験のため。

その時はまさかサラリーマンとなって大阪へ転勤

となって学会で同じ場所に来ようとは当時夢にも

思わなかったなあ~と感慨に浸りつつ校舎内へ

なんだか模試を受験した部屋に似ていた

ような・・・)。

午前中は、「企業におけるキャリアデザイン」部会に

参加。自費で支払った9000円の費用の元を取る

べく、ずうずうしくも一番前の席を陣取る。この学会

の大きな特徴の一つに研究者と我々のような

実務家が入り乱れるということがあるのだが、

「負けてはいけない」と今日一日はずうずうしく

いくことに決めたのだ。

発表は大学の先生を中心とする4人の皆さん方

から。

お一人目の発表者であった愛媛大学/平尾先生

の「企業内における院卒従業員の処遇プレミアム」

におけるデータの取り方で確認したいことがあった

ので、これまたずうずうしくも質問をした。

要は、企業へ聞き方として、支払い実績の平均値

聞いたのか、理想形としての標準値を聞いたの

かである。後の懇親会の場では先生とも会話させ

て頂いたが、質問の点はご自身気にされていた

ことであった。

前者であれば、企業としては答えづらいし面倒な

面もあるのだが、実際の評価を図るにはその方が

妥当かと・・・

お二人目は神奈川大の浅海先生。OFF-JT研修

の効果を職場のパフォーマンスで計るという内容

あったが、やはり定量的な分析は難しい。これ

先生ご自身深くご認識の上でのお話であった

が、研修を受ける前の職場での評価が高い社員

ほど

受講後の成果の伸びが良いという話は面白かった。

できる社員は研修内容の吸収も良い。そうでない

社員にどう対応していくのか、先生も述べられてい

通り、引き続きの課題である。

三人目は法政の梅崎先生。ベンチャー企業社長

所謂「できる右腕社員」の存在が経営に良い

影響を与えるという内容。コメントはしなかったが、

これは規模の大きい企業の中でも同様のことが

言えると思った。というのも大きな企業であっても

事業部制をとっているところが多いと思うが、

事業部長には殆どといっても良いくらいできる

「右腕」社員がいるのである。逆に言うと、

事業部長の地位に上がれる人のコンピテンシー

の一つに、「できる右腕社員を見つけ、近くに惹き

つけておくことができる力」という項目を加えても

よいぐらいだと思うのである。

四人目はニッセイ基礎研の松浦先生でテーマは

「定年前後のサラリーマンの生きがい」について。

定年前から何らかの社会的活動(ボランティア

等)を行っている方が定年後に社会的活動に

生きがいを感じる割合が高いとのこと。

さて、自分はどうしようかな・・・

午後は、同じ教室で開催された「企業における

キャリアデザイン支援」という部会に参加。

こちらは、オムロンさん、松下電工さん、大阪ガス

さんの人材開発担当部長の皆さんからのご発表

であった。午前中とは異なり、面識はなかったが、

所謂自分と同じ人種の方々であり楽な気持ちで

聞けた。

それぞれ、会社の置かれた社会経済的環境を

踏まえての施策に工夫を凝らされており、

当然得るもの大。得るもの大ということは弊社は

まだまだ甘いということ。

その後は形式的な総会に参加し、さらに

ずうずうしく、交流会という名の懇親会にも参加。

大学の先生方が中心であったが、さらに色々な

人と名刺交換。中には近日中にお会いすること

になる方も。

面白かったのは、キャリア教育を実際に担当

されている先生や大学のキャリアセンター

(昔で言う就職課)の職員の方が「実を言うと、

バイトではなく、本当に世の中で仕事を体験した

ことがない学生に適職なんてわかるわけないし、

はじめから適職なんてないと思っているの

です・・・」と口々に仰っていたこと。

私としては、とても全うな感覚をお持ちだと安心

した反面、「大学生の皆さんの適職探しを

お手伝いします」なんていう宣伝文句を見かける

ことが多くなっている昨今、そのこと自体は必ず

しも悪いことではないのだが、大学生の皆さんが

そういう文句に必要以上に踊らされなければよい

なぁ~と心配しているところである。

 さて、お料理の方は、大学生協の割には

(と言っては相当失礼だが)、湯葉やにしんなど

京都っぽい料理や京都の地酒も振舞われ気持ち

よく酔っ払った後は、タイミングよく到着したバスに

乗り込み、木屋町、先斗町あたりに場所を移して

一人お疲れ様会。

なぜか、木屋町なのに、わが故郷の「辛子蓮根」

を売りにしている小料理屋さんが。現在店をやられ

ている皆さんは生粋の京都とのことだが、

嬉しいミスマッチ。

なぜか京都にはこういうミスマッチが似合う。

二件目は、先斗町のバーへ。女性姉妹でやら

れているアットホームなバー。

ボトルは永久キープなんて嬉しいこと言うて

くれはるので、迷わずキープ!

とにもかくにも、飲みすぎて帰りの阪急電車の中

がつらかったなぁ~ということで、初めての学会

参加は無事に終わりました。

来年は、住まいのある西東京市の武蔵野大学で

開催予定とのことで、ご縁がありますなぁ~。