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カテゴリー「books」の記事

2009年2月15日 (日)

学生さんへのエール

仕事柄、たくさんの学生さんと会ってきた。

彼ら彼女らがが最終的に決断する場面にも

数多く立ち会ってきた。

そのため、色々な人から、

「どういうところを見ているのか」

と聞かれることが多い。

                                                 しかし、こちらは、ここを見てやろうと、

鬼のように意を決して

学生さんと面と向かっているわけではない。

あくまでも自然体である。

ただ、それでは答えになっていないのだろう。

                                                 もう少し言えば、毎年思うのは、

他人の心持ちや置かれた状況を踏まえて、

自分の行動が取れるような人がいいな、ということ。

                                                人との関係性を持たずに済むような仕事はない

と思う。

ましてや、会社という組織で働く場合はなおさらである。

                                                そう思っていた矢先、

樋口弘和氏による、

『新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか』

(光文社新書385)

という本を手に取った。

氏は、若者たちに必要なものは、

「自己認識力」と「他人の気持ちを察する能力」

だという。

経験的にも、まさにその通りだと思う。

一方で、氏は基礎的資質としては、

「素直さ」と「向上心」だというが、

これもまた経験的にその通りだと思っていた。

                                                 しかし、上記の2つの能力と、これら2つの資質とは

一体どういう関係にあるのだろうか。

また、2つの能力のうち、前者と後者はどういう関係に

あるのだろうか。

                                                 これが今春の私の大きな問いなのだ。

一つめの問いには、ある仮説がある。

その一つのキーワードは、家族の愛情である。

(氏は、「親のしつけ」と表現している)

二つめの問いに答えるには、ニューロンの段階にまで

立ち戻って科学的知見の積み重ね状況を確認する

必要がある。

                                                今年は本業に苦戦しそうなので、どこまで多くの学生

さんとお会いできるのかわからないが、

私としては、

これまで同様自然体での出会いを重ねる中で、

2つの問いの答えに近づくことができたら、

と思っている。

                                                    とはいえ、就活中の学生さんが、

今から、意気込んで「自己認識力」と

「他人の気持ちを察する能力」を伸ばそうとする必要は

ないと思う。

今、まさに真っ只中にいる就活にどっぷりと浸かって

いれば、

結果としてそれらの能力は向上するものなのだから。

ただし、だいぶしんどい。

しんどいけど、やなねばならぬ。

登らねばならぬ。

                                                私から、皆さんへのエールである。

2008年9月21日 (日)

「超克」か。

ちょうど昨年の今頃読んだ、

波頭亮さん茂木健一郎さんの対談

『日本人の精神と資本主義の倫理』(幻冬舎新書58)

を読み返してみた。

                                                 まえがきの1ページ目から、茂木先生の

格好良い言葉が目に飛び込んできた。

                                                     「怒りはそのままでは建設に通じず、

愛に変容してこそ社会のためになる」

                                                そして、その

「怒りとは、差異に対する感覚の表出である。

・・・現実と理想の間の距離が埋めがたい

ものに思える時、怒りが生じる。」と。

                                                     ここで「理想」と聞いて、

漱石が講演『文芸の哲学的基礎』の中で、

                                                「理想とは何でもない。

いかにして生存するがもっともよきかの問題

に対して与えたる答案に過ぎん」

                                                 「文芸は感覚的なある物を通じて、

ある理想をあらわすもの」

                                                 「この理想を実現するのを、人生に触れると

申します」

と言っていたことを思い出した。

[→2008.9.7記事参照]

                                                一方、波頭先生は同書の中で、

「プロフェッショナル」について、

カネを稼ぐかどうかという点がその本質的要件

ではなく、

それ以上に、「公益性」、「使命感の有無」という

方にこそ本質があると言う。

言い換えれば、「ノーブレス・オブリージュ」である。

                                                 こうなると、さらに思い出すのが、先般読んだ

チクセントミハイ教授の

『フロー体験とグッドビジネス』(世界思想社、2008.8)

である[→2008.9.15記事参照]。

                                                そこで先生は、

ビジネス組織の中で従業員にフローが生じるための

重要な要素として、リーダーのビジョンに、

「可能なかぎり最高の仕事をすること」

「人類と環境を救うこと」

「宇宙の意志に従うこと」

の一つが必要であること。

                                                そして、

「組織は組織そのものを超えた意志をもっており、

他のシステムを救うため・・・に手を差し伸べる。」

というが、

これこそまさに、公益性と使命感の有無である。

                                                以上を総合すれば、

文芸を含む芸術だけではなく、

ビジネスにおいても、

常に、目先の利益のみに囚われることなく、

全体感の中での理想を持って、

その上で現状に対する怒りを持って、

それを愛情に変えて、

仕事に没頭することが世の中のためにも、

会社のためにも、

自分の成長のためにもなるのだ

という結論が出る。

                                                     と、格好つけて書いちゃうことは簡単なんだが・・・

                                                 きっと、同書の中で茂木先生が引用していた

小林秀雄の言う「超克」ということは

そういうことなのかもしれない。

あきらめずに、くじけずに、

実践あるのみということか。

2008年9月20日 (土)

憐れな土左衛門

「レアティーズ: 溺れて? 一体、どこで?

王妃: 柳の木が一本、小川の上に差しかかって、

 白い葉裏を流れの鏡に映しているところ。

 あの娘は柳の葉を使って、きんぽうげ、いらくさ、

  ひなぎく、

 それに口さがない羊飼いたちが淫らな名で呼び、

 純潔な乙女たちは死人の指と呼んでいる紫蘭をそえて、

 きれいな花環を上手につくり、

 その花の冠を枝垂れた枝に掛けようと、

 よじ登った途端、枝は情(つれ)なく折れて、

 形見の花環もろとも、

 哀れにむせぶ小川に落ちました。

 裳裾はひろがり、しばらくは人魚のように川面を

  ただよいながら、

 古い賛美歌を口ずさんでいたといいます。

 身に迫る危険も知らぬげに、

 水に生れ水に馴れ親しんだ生物のように。

 でも、それも束の間、裳裾はたっぷりと水を吸い、

 あのかわいそうな娘を美しい歌声から引き離して、

 川底の泥のなかに引きずりこんでしまったのです。」

                                                                 ジョン・エヴァレット・ミレイ(John Everett MILLAIS)

は、父を恋人に殺され、その恋人から「尼寺へ行け」

とののしられ、

「狂乱の体(てい)」となって非業の最期を遂げた彼女

を描きこんだ。

                                                 まずは、背景となる自然の描きこみ方が

半端ではない。

近づいて見れば見るほど、

集中すればするほど、

様々な色の花や緑が、丁寧に、あたかも目の前で

生きているかのごとくに描き込まれている。

そして、流れる川の清らか水も、そう。

そういう場所では、彼女は流され、

川の深みへと徐々に沈んでいく。

決して、慌てふためくという風ではなく、

自らの運命を受け入れるかのように。

                                                    一方、那古井の温泉で青年画家は考えた。

                                                         「成程この調子で考えると、

 土左衛門は風流である。

 スウィンバーンの何とか云う詩に、

 女が水の底で往生して嬉しがっている感じを書いて

 あったと思う。

 余が平生から苦にしていた、ミレーのオフェリアも、

 こう観察すると大分美しくなる。

 何であんな不愉快な所を択んだものかと今まで

 不審に思っていたが、あれは矢張り画になるのだ。

 水に浮んだまま、或は水に沈んだまま、

 或は沈んだり浮んだりしたまま、

 只そのままの姿で苦なしに流れる有様は美的に

 相違ない。

 ・・・痙攣的な苦悶は固より、全幅の精神をうち壊すが、

 全然色気のない平気な顔では人情が写らない。

 どんな顔をかいたら成功するだろう。

 ミレーのオフェリアは成功かも知れないが、

 彼の精神は余と同じ所に存するか疑わしい。

 ミレーはミレー、余は余であるから、

 余は余の興味を以て、一つ風流な土左衛門をかいて

 見たい。」

                                                   しかし、この気持ちは、

作者である漱石の気持ちであろうと思う。

漱石はこの『草枕』の中でそういうことを

書きたかったと思うのだ。

ただ風流なだけではない、

ただ自然を模したのではない、

人間の生々しく激しい心の動き、情念のようなもの

を書き込みたかったと思うのだ。

                                                私は、金曜夜の渋谷の静かな会場で、

漱石がロンドンで見たオフィーリアと対面しながら、

とても死と格闘しているとは思われない、

その彼女の姿が、

ロシアの戦場に向かう髭だらけの野武士のような

男、いや最愛の元夫と、別れた瞬間に、

ただただ呆然と汽車を見送るしかなかった

「那美さん」の「憐れ」な姿と重なってしまった。

                                                     よく考えれば、オフィーリアも那美さんも

周囲からは気がふれていると思われていた。

しかし、人間の心とはそんな単純なものではない。

「普通」の人も、周囲からそう思われているという人

紙一重のようなところもあるし、

明確に線が引けるようなものではない。

                                                       会場に話を戻すと、

ミレイの本作の秀作が横に展示してあった。

こちらのオフィーリアの表情は、

あたかも川に落ちて狼狽する感じそのもの。

                                                本作のオフィーリアの表情は、

秀作とは明らかに異なる。

それは、

私のような凡才がここで書けるようなものではない。

それが書けるのは、漱石のような本物の文学者

だけなのだ。

                                                次回熊本に帰省した時には、再び漱石も浸かった

那古井のぬるめのお湯に浸かって、

オフィーリアのことをゆっくりと考えてみることにしよう。

                                                 引用文献)

『ハムレット』シェイクスピア、野島秀勝訳、岩波文庫

『草枕』夏目漱石、新潮文庫

 

2008年9月15日 (月)

フロー体験しているか?

ミハイ・チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi)

先生の『フロー体験とグッドビジネス』

(Good Business、世界思想社、2008.8)を読んだ。

先生の著書は、『楽しみの社会学、改題新装版』

(新思索社、2000.12)に続き2冊目である。

                                                    前回読んだ書は、「フロー(flow)」、

すなわち「全人的に行為に没入している時に人が

感ずる包括的感覚」についての概論という感じ

であったが、

今回はビジネス上のフローに焦点を絞ってある、

「うん。まさにこういうのが読みたかった」

という私のつぼにピタリとはまる書であった。

293ページの比較的分厚めの本であったが、

読み始めると、どんどん進む。

まさにフロー体験しながら、

すぐに読み終わってしまった。

                                                  先生は、有名になったソニーの「設立趣意書」、

                                                「・・・コレハ技術者達ニ技術スル事ニ深イ喜ビヲ

感ジ、

ソノ社会的使命ヲ自覚シテ思イキリ働ケル安定

シタ職場ヲコシラエタルノガ第一ノ目的デアッタ。

・・・」

                                                 を引用し、

「社会必要性に応えながら、喜びをもって思いきり

働くということ」が、

フローが職場で機能方法を完璧に表現している」

という。

                                                           そして、そこで働く者がフローを感じるためには、

その仕事の難易度、すなわちチャレンジと、

その人の能力、すなわちスキルとがバランスする

必要がある。

                                                 しかし、時間の経過とともにスキルが上がると

そのバランスが崩れ、フローは退屈へと変化する。

そこで大切なのが、

上司たるマネジャーがそのチャレンジを増大させる

マネジメントである。

「簡単につかむことができるものを越えたものに

手を伸ばすべき」だと言うのである。

                                                 これは、前回記事で引用した茂木先生の

『ひらめきの導火線』(PHP新書、2008.9)で、

触れられている、

「改善したところをまた改善して、さらに改善する」

という、トヨタ自動車のモットーと重なる。

                                                  この「オープンエンド」の思想こそが、

従業員をよりチャレンジングな仕事に向かわせ、

常に従業員にフロー体験を味わわせる原動力

となっているのではないだろうか。

                                                 茂木先生が言うように、

「どこまで行っても、「もういっちょう」「まだまだ」

と挑戦し続ける」凄みのようなものがそこにあり、

そういう場所にこそ、

フローの神さまが降りてくるのである。

                                                         一方、チクセントミハイ先生は、

「人生と呼んでいるものは、

長年にわたり注意力のフィルターにかけてきた

すべての体験の総量である。

この観点から、

何に注意を払うか、またどのように注意を

払うかが、人生の中身と質を決定するという

ことを容易に理解できるだろう。」

とさらりと言ってのけている。

                                                 このさらり、は胸が痛い。

ただ待っていてもフローは訪れないのだ。

日々フロー体験をするために、

自分は何をどうすればよいのかを日々真剣に

考え続けているのか?

そう自問自答すると、確かに答えに窮する。

                                                 日々こなさねばならぬ雑事があるとともに、

長い目で見て、今対応しておかねばならぬことも

ごまんとあり、

そのバランスに悩みながら、なんとか仕事を

こなしているのが現状である。

                                                           まあ、悩んでばかりいても始まらぬ。

改めて、「フロー」という観点から日々の仕事を

見つめ直してみることから始めてみよう。

2008年9月13日 (土)

「ほら、これ」なお酒

いよいよ、ひやおろしの季節を迎えた。

                                                今年の一本目は、三重は伊賀のお酒にした。

若戎酒造さんの、

「純米吟醸 真秀(まほ) ひやおろし」。

                                                 甘い。

しかし、全然しつこくない。

何杯でも行ける、とても自然な甘みである。

この甘み。

ありそうでない、なかなかのものなり。

しかも、ひやおろし独特の熟成感はたっぷりとある。

さらに通奏低音となる水がやさしい。

嫌味が全くない性格のよいお水である。

                                                 茂木健一郎先生が最新刊の『ひらめきの導火線』

(PHP新書544、2008.9)で繰り返し言っていたのは、

西洋文化をメルクマールとする必要はない。

むしろ、われわれ日本の「文化の中には、

世界に「ほら、これ」と差し出すべき、

宝物が埋まっている」ということである。

                                                              その例として、

20年に一度、社を移動させる伊勢神宮。

『源氏物語』の「もののあはれ」。

「秘仏」。

を挙げている。

                                                             もちろん。それらは、「ほら、これ」である。

秘仏でなくても、私なら、

滋賀高月、渡岸寺の十一面観音さまは

「ほら、これ」と、

声高らかに、世界に差し出したい。

                                                          それと、忘れてはならないものがある。

今まさに私が飲んでいる、日本のお酒だ。

「ほれ、見てみぃ!」

「ほれ、飲んでみぃ!」

と自信を持って差し出したい。

                                                 しかも、東京発信ばかりではない。

伊賀のお酒も、

長野の小布施のお酒も、

伏見のお酒も、

高槻のお酒も、

秋田、桧内川のお酒も、

高知のお酒も、

佐賀のお酒も、

それぞれに、それぞれに美味い。

                                                     この伊賀の若戎も、

蔵に住みついた自然の乳酸菌のおかげで、

独特の、ヨーグルトを思わせるような甘みを

感じさせてくれる。

                                                   伊賀では、新年になると、若者が戎の面を

かぶって酒盛りをやるそうだ。

                                                「年はみなひとにとらせていつも若戎」

                                                         という、伊賀出身である芭蕉の字余りの歌もある。

                                                飲めば、本当に若返ったような気にさせてくれる

「若戎」であった。

                                                         しかも、BGMはマーラーの3番。

インバルとフランクフルト放送響。

伊賀のお酒と、まったく違和感がない。

                                                     この一杯こそ、まさに世界に差し出して、

「ほら、これ」と叫びたい。

2008年9月 7日 (日)

有言実行の極み

東京での生活を再開して2カ月が経とうとしている。

通勤時、電車に乗っている時間が長いので、

読む本の量も増える。

このブログは読書日記の代わりにも活用している

ので、当然記事も増える。

                                                      今回は、漱石の『文芸の哲学的基礎』

(講談社学術文庫 1978)。

1907年(明治40年)4月の東京美術学校での講演

である。

明治40年4月といえば、

思い切って大学教師の職を辞し、

春寒の京都への旅から帰ってきたころか。

作品で言えば、『二百十日』、『野分』の後、

『虞美人草』前夜である。

                                                漱石は、芸術家の卵たちを前に、熱く語る。

文芸家(これは芸術家と読み替えてもよかろうが・・・)

は、「理想」をその作品に表すべきだと言う。

                                                             ここで言う「理想」とは、「真の一字にあるに相違ない」。

言い方を変えれば、

「いかにして生存するのがもっともよきかの問題に

対して与えたる答案」

である。

                                                 さらに言い方を変えれば、

「人生に触れる」ことである。

                                                  そして、文芸家の「理想」が完全なる技巧をもって

その作品に表現され、

それに接する者、すなわち鑑賞者の方でも

それを受け入れることができる程成熟している時に

鑑賞者は「還元的感化」を受ける。

                                                換言すれば、

文芸家と鑑賞者の「一致した意識の連続が我々の

心のうちに浸み込んで、作物を離れたる後までも

痕跡を残す」のである。

                                                そうなれば、

「文芸家の精神気魄は無形の伝染により、

社会の大意識に影響するがゆえに、

永久の生命を人類内面の歴史中に得て、

ここに自己の使命を完(まっと)うしたるもの」

となるのである。

                                                    この講演後、

『虞美人草』、『三四郎』、『それから』、『門』

といった作品が次から次へと、

精力的に産み出されていく。

                                                有言実行の極みである。

2008年9月 6日 (土)

細胞の意思

久しぶりに、細胞のお話。

団まりな先生の

『細胞の意思 <自発性の源>を見つめる』

(NHKブックス 1116 2008年7月)を読んだ。

極めて刺激的な本であった。

                                                   先生の主張は極めて明確である。

「細胞を、分子ではとらえきれないもの、

一般的には描写しきれないものと認めて、

人間や人間社会のドキュメンタリーのように、

細胞を個別に描写することを試み」た書である。

いや、先生は、より端的に、

細胞が意思をもつ。と言い切る。

                                                細胞の活動が、分子的、組織的な外力に規定される

ものだという考え方を「科学的考え方」とすれば、

先生は「擬人的考え方」の主張者である。

                                                  だからと言って、科学的厳密性に欠けるわけでは

ない。むしろその逆である。

                                                 この書を読んですぐに思い出したのは、

発生生物学の権威、岡田節人先生の

『細胞の社会』(講談社ブルーバックスB201 1972)

である〔⇒2007.6.19記事参照〕。

岡田先生の同書での表現こそ、擬人的である。

各章の題名からして、

「細胞同士のおつきあい」

「寂しがり屋の細胞」

「仲間がなければ生きられない」

「細胞は話し合う」

「細胞に永遠の青春を」

「細胞は手をつないでいる」

極め付きは、

「細胞は似たもの同士がお好き」

と来る。

                                                 さておき。

団先生は、細胞たちの「日常的な気分」に触れる。

                                                「細胞というものは、

生きていることを喜ぶ一方で、

ほとんどつねに”あくせく”していると考えています。

その理由は、細胞が死と隣りあわせの存在だから

です。」

                                                 「生きようとする細胞の”意思”、

周囲の状況をいち早く把握しようとする細胞の

”監視行為”、

死に抵抗する細胞の”創意”」

このような能力を細胞に認めるべきだと言う。

                                                 ここで、「細胞」を「動物」に読み替えれば、

シートンが『動物記』で詳細に記述した

自然の動物たちの姿にピタリと重なる。

                                                 さらに、「日本」と読み替えれば、

世界の中で「名誉ある地位」を占めんと願う

我々日本人が直面する課題となる。

                                                    このように、細胞を擬人的にとらえるからこそ、

見えてくるものがある。

そうすればこそ、細胞生物学の知見が、

その所定領域を超えて他の分野に貢献し、

さらにその地平を広げることにつながって

いくのではなかろうかと思うのある。

                                                そういう意味において、団先生の御指摘は、

刺激的であるし、頗る挑戦的でもあるのだ。

                                                    <補記、2008-9-23>

湯川秀樹先生は、

「生物の研究に対する物理化学的方法の

重要性を減殺するものではない」という前提で、

                                                「生き物を生き物として取り扱う態度と、

それを物理的化学的に最後まで分析しつくそう

という態度とは本来両立し難いのではないか。

われわれが生き物を生かしておくために、

物理的化学的な追求を断念する所、

まさにその所において生命の存在という

基本的事実が認められるのではなかろうか。」

と述べておられる。

(『目に見えないもの』講談社学術文庫94)

                                                そういう意味で、「細胞」というものは、

まさに、その所の汽水域に位置するもの

なのだろうか。

 

祝!3冊読破

集英社文庫さんの罠にまんまとはまり、

7月から3カ月連続刊行された、

「シートン動物記」を読破した。

                                                     今回は、『愛犬ビンゴ』他2作品。

これまで、オオカミ、カンガルーネズミ、シカ、ウサギ、

ウマ、イノシシ(レイザー・バック)、イヌと続いてきたが、

今回は、イヌとキツネとアライグマのお話だ。

こう動物名を並べてみると、

どれも北米大陸に自然に生息している生き物ばかり。

シートンが日常的に接していた動物たちを対象と

していたことがよくわかる。

                                                           さて、今回印象に残った部分は、キツネさんである。

獰猛な猟犬集団に、濡れた深い雪の中で

追いつめられる銀ギツネ。

ただでさえへとへとの中、先方集団には新しく元気な

猟犬が加えられた。

しんどい、とも寒いとも、言っていられない。

                                                           「あの名高いみごとな毛皮は泥にまみれ、

 立派な尾はぬかるみの泥を浴びて重そうに

 たれさがっている。

 足の裏の柔らかいところは肉まで裂けて、

 走るあとには血の足跡がついた。」

                                                            2003年4月、サッカー日本代表前監督のオシム氏は、

故障者が続いたチーム状況についてジェフの社長

に言った。

「肉離れ?ライオンに襲われた野うさぎが逃げ出す

 ときに肉離れしますか?準備が足りないのです。

 私は現役のとき一度もしたことはない。」

                                                 もちろん、準備不足のことを一番言いたかったの

だろうが、

人間が動物として持つ本来のしぶとさ、根性、忍耐力

を思い出せ、という意味もあったのではないかと思う

のだ。

恵まれたこの日本で暮らしていると、

つい自分が動物であることを忘れてしまったり、

動物と一線を画してしまったりすることに

ふと気付くことがあるが、

生き物としての自分が今どうなんだ、

ということは都度振り返らなければならないことなのだ。

                                                 シートンが描いた動物達は、

生き物として、一生懸命に生ききっている。

無心に、生きていることに徹している。

                                                「それはちょうど、昔の単純な信仰を今もな

 持ちつづけて、ひそかに生き残っている予言者の

 姿を思わせる。」

                                                そして、その予言者は、自分が実際に断崖のふちに

立っていることを知らない。

いや、知っているのかもしれない。

しかし、それに対してもまた、無心なのである。

                                                  そういう意味において動物たちは、

予言者でもあろうし、禅林の修行僧のようでもある。

                                                         前の記事で書いた通り、シートン本人も雄ジカと

面と向かった時に、仏陀のように悟りを開いている。

(『サンドヒルの雄ジカ』)

                                                            その瞬間こそ、

この3冊の中で最も私が忘れられない部分である。

372

2008年8月14日 (木)

ぎざ耳ウザギ

集英社文庫の「シートン動物記」の第二弾、

『ぎざ耳ウサギの冒険』を第一弾に引き続き読んだ。

今回の作品集の中で書きとめておきたいのは、

題名にもなっている『ぎざ耳ウサギの冒険』である。

                                                           綿尾ウサギの子、ぎざ耳坊やは、

生きていくために大事なことを、

母ウサギから色々と教えられていく。

                                                        敵に襲われそうになったら、

ただ何もしないで、石のようになってしまうこと。

                                                              足跡の臭いを嗅いで相手を追っていくこと。

                                                             敵に追われた時には、

とげのある野バラの茂みに逃げ込むこと。

流れる川もまた同じ。

                                                        しかし、いつまでも母ウサギがぎざ坊のそばに

いられるわけではなかった。

よそものの雄ウサギにいじめられ、

キツネに追われ、

母ウサギのモリーは天に召されてしまった。

                                                             シートンは言う。

「モリー母さんはほんとうの女傑だった。

英雄とはどういうものか考えたこともなく、

何百万の女たちが、

自分の小さな世界で最善をつくし、

そして死んでいっている。

モリー母さんも、

そういう女性たちのひとりだったのだ。」

                                                          「モリー母さんはぎざ坊のうちに生きていた。

そして、ぎざ坊を通してその立派な素質は、

綿尾ウサギの子孫へ伝えられるのである。」

                                                               このように、下の世代を育てる素質はDNAを通じて、

日々の行動の中で、

下の世代へと引き継がれていくし、

下の世代を育てることが得意な資質を持つ個体が

生存競争上有利になっていくことは

言うまでもない。

                                                             そういう意味で、先日他界した父は、

死の直前まで息子の私に小言を絶やすことが

なかった。

正直辟易してしまうこともあったが、

今となっては、

ただただ感謝するのみである。

2008年7月27日 (日)

シートンとローレンツと。

毎年、夏休みの時期になると、各出版社の

文庫フェアーが開催されている。

昨年は、集英社文庫「こころ」の表紙を飾った

蒼井優さんの凛とした姿(鳥巣佑有子さん撮影)と、

「先生」の奥さん、「静(しず)」の姿がぴたっと

重なって、即お買い上げ!となってしまった。

                                                              今年は「それから」かなあ、「門」かなぁと期待を

寄せていたが、世の中そう甘くもなかった。

同じ集英社文庫で6、7、8月とシートン動物記が

3ヶ月連続で刊行されるとのことで、

今回はこれにした。

                                                            一回目は、『狼王ロボ』(藤原英司訳)。

しかし、私が一番心動かされたのは、

表題作ではなく、

「サンドヒルの雄ジカ」であった。

執拗に大きな雄ジカを追い求めるヤン。

雄ジカはその経験と知性により何度もヤンの追跡を

回避してきたが、最期にとうとう追い詰められる。

                                                           今、彼らは「今藪の中で、わずかなの距離をおいて、

まともにむき合ってしまった」。

しかし、「雄ジカはひるんだようすも見せず、

その場に立ったまま、じっとヤンを見つめた。

大きな耳をヤンの方に向け、目は悲しみと真実の

光を帯びていた」。

                                                                             ヤンは、その刹那悟った。

「お前はあけっぴろげにぼくに救いを求めている。

 そうだ、確かにお前はその美しさと同じくらい賢い

 のだ。(中略)

 お前の毛一本すら損なうことはできない。

 ぼくらは兄弟なんだ」。

                                                            ヤンは言った。

「仏陀が悟ったことを、僕も今悟ったのだ」。

                                                                     そういえば、先般読んだ、『ソロモンの指環』で、

ローレンツ博士は動物の「勝利者の社会的抑制」

について触れていた。

                                                                「それまでは絶望的に身を守ろうとしていた

 敗北者が相手の攻撃にたいしてかまえていた

 障害が、いっきょに消失するのである。

 (中略)

 情けを乞うほうの個体は、

 攻撃者に向かってつねに彼の体のもっとも

 弱い部分、より正確にいうならば、

 敵が殺そうとしておそいかかるときに

 必ずねらう部分をさしだすのだ。」

                                                                            我々、ヒトのおじぎ、脱帽、捧げ銃(つつ)だって

その名残だという。

そういう意味で、博士は、聖書のあの有名な言葉、

「人もし汝の右の頬をうたば、左をもむけよ」

という言葉に新しい意味を汲みとる。

                                                          「敵に反対の頬をさしだすのは、

 もっと打たせるためではない。

 打たせないためにこそ、そうするのだ!」

                                                            さらに博士は、自らが持つ武器相応の自制機能

を十分に保有していない動物である人間について

問題提起する。

「この抑制もみずからの手で創りださねばならない」と。

                                                           ここでもまた、仏陀の思想とイエスキリストの思想が

融合するのである。

2008年7月26日 (土)

普通のアクアリウムだけど。

ローレンツ博士に教えてもらったことについて、

一回で終えようと思ったが、

どうしても気になるのでもう一回書く。

                                                          動物と直接対峙してとことんつきあうことが

博士の真骨頂であるが、

そんな博士が愛してやまないのが、

アクアリウムの前で瞑想に浸ることであった。

                                                             そのアクアリウムはとてもシンプル。

一握りのきれいな砂。

春の水草を2、3本。

日光に十分当てた水道水。

ただ、それだけだ。

                                                           そのアクアリウムは一つの世界として完結している。

「そこでは、自然の池や湖とおなじく、

 いや、結局はこの全地球上におけるのとおなじく、

 動物と植物が一つの生物学的な平衡のもとで生活

 している」

のである。

                                                             ところが、この平衡は簡単に壊すことができる。

たったもう一匹の魚を入れてしまうことにより、

その愛すべきアクアリウムは壊滅してしまう。

アクアリウム中の酸素の欠乏により、

水中の見えない動物が死に至る。

そうなると、その死骸を食物とするバクテリアが

増殖を始める。

水はにごりさらに動物たちが死んでいく。

その悪循環は、アクアリウムが「ドロドロの肉汁」

と化すまで続く。

                                                            そういう意味で、ろ過装置や通気装置を付けて魚を

飼うことを、博士は「たんなる「檻(おり)」だと

切って棄てる。

                                                             「もっとも自然でもっとも完全な生物共同体が包み

こまれている」アクアリウムの前に、

博士は何時間も座りこみ、深く知的な瞑想にふける

のだ。

書物を読むよりもはるかに貴重な瞑想だと言う。 

                                                           来年の春までは、しばしイメージトレーニングに

いそしんでおくことにしよう。

                                                               頭の中の、目の前のアクアリウムを通じて、

地球のこと、

宇宙のこと、

今の生活のこと。

などなどにゆっくりと想いをはせてみることにしよう。

inprinting

インプリンティング(inprinting)。

日本語では、「刷りこみ」。

高校の生物で学んだ重要キーワードである。

確か教科書や参考書には、大人のあとを並んで

歩く鳥の雛のマンガがあったような・・・

                                                          その参考書を引っ張り出してきた。

『チャート式 新総括 生物』(数研出版、1984)!

「アヒルやニワトリ・カモ・ガチョウなどのひなは、

ふ化後の特定の時期に初めて見る大きな動くもの

(通常これは親である)のあとを追うようになる。

これを刷りこみといい、非常に若い時期に起こる

学習の特殊な例と考えられる。」

とある。

                                                             しかし、この現象を目の当たりにした科学者の

現場はそんな淡白なものではなかった。

その科学者の述懐。

                                                  「彼女の黒い瞳でじっとみつめられたとき

 逃げださなかったばっかりに、

 不用意にふたことみことなにか口を開いて

 彼女の最初のあいさつを触発してしまった

 ばっかりに、

 私がどれほど重い義務をしょいこんでしまったか、

 さすがの私も気づかなかったのである。」

                                                        その雛の「学習」の成果はすさまじい。

あとをピヨピヨついてくるというような、

生易しいもんじゃあない。

                                                            「あわれなヒナは声もかれんばかりに泣きながら、

 けつまずいたりころんだりして私のあとを追って

 走ってくる。

 だが、そのすばやさはおどろくほどであり、

 その決意たるやみまごうべくもない。

 彼女は私に、白いガチョウではなくてこの私に、

 自分の母親であってくれと懇願しているのだ。」

                                                         その科学者は、「生ある自然の真実はつねに

愛すべき、畏敬に満ちた美しさをもっており、

人がその個々の具体的なものを奥深く

きわめればきわめるほど、その美しさは

ますます深まってゆく」と書いているが、

その通りである。

参考書の淡白な記述ではわからない感動がある。

エラン・ヴィタール(生命の躍動)がある。

                                                            しかしながら、その現場はそんなかっこうのよい

ものでもなかったはずだ。

「行動の研究には、生きている動物と直接に親しむ

ことが要求されるとともに、

人なみはずれた観察の苦労が要求される」と

その科学者が言う通りなのだろう。

                                                           ビジネスの現場だってそうである。

かっこうのよい仕事の現場には、

外から簡単にはわからないドロドロとしたものがある。

そういう日々の合間に、こういう書物を読むことは

とても心地がよい。

                                                        私のように、とりあえず「刷りこみ」という言葉と、

通り一遍の意味しか暗記していなかったような

現在の受験生も、

受験が無事に終わったらぜひ読んで欲しい良書

である。

                                                            コンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz)博士著、

『ソロモンの指輪』新装版(早川書房、2006、初版は

1963)を読んで。

2008年7月21日 (月)

「虹の国」への歩み

『マンデラの名もなき看守』を観て、

南アフリカについてもう少し知りたくなり、

峯陽一氏の『南アフリカ』(岩波新書473、1996)

を読んでみた。

                                                             1990年11月、本作のラストにある通り、

ネルソン・マンデラはデ・クラーク政権により、

無条件で釈放された。

その後、94年4月には暫定憲法に基づき総選挙

が実施され、ANC(アフリカ民族会議)党首である

ネルソン・マンデラが大統領に就任。

と、ここまでは、事実として知っていた。

しかしながら、当時の南アフリカにはANCと、

以前アパルトヘイトを推進していたNP(国民党)

以外にも多数の政党や政治勢力があったこと、

そしてそれらの政治勢力のバランスに配慮した

きめ細かい比例代表制が上記の暫定憲法に

盛り込まれていたとは・・・

                                                               あとはだんだん雑学っぽくなる。

南アフリカにはおいしいワインがある。

その理由は・・・

南アフリカへの当初の入植者は、「本国では

どちらかといえば下層に属する」オランダ人

であった。

しかし、オランダ人以外に少数のフランス人も

いたのだ。

「宗教弾圧を受けてオランダに亡命していた

信仰心の厚いユグノー(少数派プロテスタント)

たち」である。

まさに、彼らがフランスのワイン製造技術を

伝えたのだ。

                                                           さらに雑学。

1896年。

イギリスと、

上記の古参の白人入植者を中心として独立した

トランスヴァール共和国との間で、

いわゆる「南アフリカ戦争」(アングロ・ボーア戦争)

が勃発した。

1902年、最終的にイギリスが勝利するわけだが、

ここでわが師漱石が登場するのだ。

                                                           漱石がイギリス留学のために到着した初日の

10月29日のロンドンは、

帰還兵歓迎のパレードで大いに盛り上がっていた。

彼の日記に、

「非常ノ雑沓ニテ困却セリ」

とあるそうな。

                                                             もしかすると、

異国の地ロンドンで彼が感じたその困却は、

ロンドン滞在中ずっと続いていたのかもしれない。

それだけではない。

そこで感じた困却こそがその後の執筆活動の

大きなエネルギー源の一つになっていたの

かもしれない。

                                                         その後日本は1904年から日露戦争に突入した。

その戦争で難民化した中国東北地方の人々は

南アフリカへ移住、金鉱会社で働くこととなった。

                                                               そう。

1867年には、「永遠の輝きを持つ」良質なダイヤモンド

鉱脈が発見されていたのである。

                                                                      さらに時代は進み、既に1930代には、

日本人に対して「名誉白人」の地位が与えられていた。

南アフリカはダイヤモンドだけではなく、

マンガンやクロム等の希少金属も豊富である。

アパルトヘイト時代、わが国は上記「NP政府と密接な

関係を維持してきた」ことも再確認しておこう。

                                                           そして、

マンデラの看守でありながら、

家族も守りながら、

自分の目で真実を知ろうとし、

職務を全うしたジェームズ・グレゴリーの視点

を改めて思い出そう。

2008年3月23日 (日)

思考の補助線

茂木健一郎先生の『思考の補助線』

(ちくま新書707、2008)を読んだ。

これまでの著作の中でも、群を抜いて「熱い」本

である。

茂木先生には、直接お会いしたことが4回あるが、

この本にはまさに、その時のような、

先生独特の早口で熱い喋り口を彷彿とさせる

ものがあった。

                                                               さて、この本を読み終えて思い出したものがある。

                                                          漱石の『二百十日』と『野分』である。

両作品ともに、漱石の現代文明に対する怒りと、

「維新の志士の如き烈しい精神で文学をやって

見たい」という情熱がモチーフになっている。

                                                            『二百十日』の圭さんは、阿蘇山の噴火の如く

怒っている。

「文明の怪獣を打ち殺して、金も力もない、

平民に幾分でも安易を与え」たいと願う。

生爪をはがしても、

「ともかくも阿蘇へ登ろう」とするのだ。

                                                          一方、『野分』に登場する文学者、白井道也もまた

阿蘇のように自分の思いを限りなき碧空に轟々と

吐き出していく。

                                                            今は「人間の根本義たる人格に批判の標準を

おかずして、その上皮たる付属物を以て凡てを

律しようとする」

                                                          「偉大なる理想を有せざる人の自由は堕落で

あります」

                                                               「自己に何等の理想なくして他を軽蔑するのは

堕落である」

                                                           「凡ての理想は自己の魂である。うちより出ねば

ならぬ」

                                                              「文明の社会は血を見ぬ修羅場である。

太平の天地と安心して、拱手して成功を冀

(こいねが)う輩は、行くべき道に跪いて非業に

死したる失敗の児よりも、人間の価値は

遥かに乏しいのである」

                                                       一方、茂木先生は「世界全体を引き受ける」

という野望を持っている。

                                                             生きるということの意味を、心の本質を、

物質と精神の関係を、「私」というものを、

何のために生きるのかということを、

心の底から知りたいと言う。

                                                             それは、「世界最高峰への登頂を志」すこと

であり、「無限を志向する」ことである。

                                                                私もそうしたい。

そうすることは脳科学者や哲学者の方だけに

任せておいてよいということではないと思う。

自らの日々の仕事や生活と、科学的な知見や理論

との間に補助線を引いていきたいと思うのだ。

一人ぼっちでも構わないから。

                                                         漱石は道也先生にこう言わせている。

                                                            「昔から何かしようと思えば大概は一人坊っちに

なるものです」

                                                           茂木先生が言うように、

時代の制約を自分のこととして引き受けながら、

「ささやかな貧者の一灯を点」して行けばよい。

みんなで点して行けばよいではないか。

苦しくても、楽しいではないか。

2008年3月15日 (土)

疾走する悲しさ

小林秀雄先輩の『モオツァルト』(新潮文庫1487)

を読んだ。

                                                            先輩が、お若い頃、道頓堀をうろついていた時、

頭の中で、突然交響曲第40番(K.550)が

鳴り響いた。

                                                 きっとそれは偶然のことではなかったのだと思う。

その時に先輩が道頓堀のあの独特の喧騒の中

で感じた何かと、

その曲を以前聞いた時の感じに、

どこか共通するものがあったからなのではないか

と思うのである。

                                                                 先輩は、絵画について、同じ文庫本の『偶像崇拝』

の中で、

「絵の好きな人は、絵の作用に応じて、私達の

なかに、血行とか消化とかに似た様な、

黙しているが確実な或る精神の機能が働くのを

知っている。」

と書いているが、

これは音楽でも同じことではないかと思う。

一度聴いた音楽は、脳内の奥深くに沈殿する。

そして、何らかの経験を契機として、

再び表に現れるのだ。

                                                             さらに、先輩は、モーツアルトの音楽の根底

を流れるものについて、

スタンダールの言う、tristesse(悲しさ)に、

ゲオンの言う、tristesse allante(疾走する悲しさ)

に言及する。

                                                               先輩は、その事例として、

『弦楽五重奏曲 第4番 ト短調 K.516』

を挙げているが、

私はいかにも悲しさよぎるそういう曲よりもむしろ、

『魔笛』や『羊飼いの王様(牧人の王)』の

overture(序曲)や、『ジュピター(交響曲第41番)

のような、楽しさやわくわく感の奥底に流れている

「切なさ」をそのように感じていた。

                                                              先輩は、

「モオツァルトの作品の、殆どすべてのものは、

世間の愚劣な偶然な或は不正な要求に応じ、

あわただしい心労のうちに成ったもの」

であり、

モオツァルトのような強い精神の持ち主にとって、

「悪い環境も、やはりあるが儘の環境であって、

そこに何一つ欠けている処も、不足しているもの

もありはしない」

という。

モオツァルトには、

「外的必然をやがて内的必然と観ずる能力が

備わっている」というのだ。

                                                             そのために「大切なのは目的地ではない、

現に歩いているその歩き方である」。

そういう意味で、

「モオツァルトは、歩き方の達人であった」。

                                                            その結果、彼の作品には、

tistesse allanteを感じるのではないか。

                                                                 先輩はそういうことを仰りたかったのでしょうか。

                                                          私自身も、2月以来疾走を続けている。

そこに悲しさが宿っているかどうかは

知ったことではない。

                                                           後で振り返った時にどう思えるのか。

それもまた、今は知ったことではない。

2008年2月17日 (日)

何度でも復習だ。

江崎保男先生による『生態系ってなに?』

(中公新書1923、2007.11)を読んで、

「生態系」について復習してみた。

                                                 例により、以下備忘。

                                                           *「物質循環が起こっている場」として生態系

 を捉えた場合、植物は光合成より有機物を生成

 しているので、「生産者」と呼ばれ、

 その有機物に依存して生きる他の生物は

 「消費者」と呼ばれる。

                                                           *その消費者の中でも、死物(デトリタス)の分解

 に関与し、その有機物を無機物に分解するもの

 は「分解者」と呼ばれている。バクテリアやカビ、

 センチュウの一部がそうである。

                                                            *さらに、その分解者を食べる「微生物食者」

 もいるが、その最大の者は、ビールやお酒、

 チーズ、納豆等を食べる我々人間なのである。

 日本酒党の私もまさにその一員である。

                                                          *生態系は、仁義なき生存競争が

 繰り広げられる場でもある。

 森の中で太い幹を持つ背の高い樹木はまさしく

 その勝者である。

 しかし、敗者はただでは転ばない。

 高木たちが冬の葉を落とした状態から、

 葉を茂らすまでの短い期間を狙って太陽の

 光をしっかり浴びるという戦略を選択した

 植物は「春植物」と言われている。

 今、この季節こそが旬のチューリップや

 フクジュソウがそうであるが、

 英語では、spring ephemeralというそうだ。

 訳せば、「春のはかない命」。

 しかし、チューリップの花は散っても、

 翌年の同じ時期になるとまた芽を伸ばして

 花を咲かせる。

 なんとしたたかな戦略か。

                                                            *私の好物であるイワナは、

 水生昆虫だけではなく、葉とともに

 川に落ちてきたイモムシやコガネムシといった

 陸生昆虫を食べているそうだ。

 イモムシさんやコガネムシさんに感謝。

                                                          *果実の果肉は、「もとをただせばソラ豆や

 エンドウ豆のサヤにあたる部分が変化した

 もの」だそうだ。

 これは、自分では動けないわが子たる種子を、

 鳥に遠くまで運んでもらうために進化した

 結果ということである。

 もちろん、人間による品種改良のおかげでも

 あるのだが、

 私が祇園の大塚さんや北新地の智恵美さんに

 作ってもらう、苺や金柑の、

 それはそれは美味しいカクテルを、

 うまいなぁ、と唸りながら楽しむことができるのも

 そういう生き物の生存競争のおかげなの

 であった。

                                                             *江崎先生は、「目にみえる、あるいは目に

 みえない関係で結ばれている地域の生物たち」

 をジグゾーパスルに例えておられる。

 そして、その「パズルは隣り合うピース間の圧力

 (相互作用)によって全体が成り立って」おり、

 「二つのピース間の圧力の変化は、

 遠く離れたピースにも影響を与え」るという。

                                                            

 思うに、人間もまたそのピースの一枚に過ぎない。

 過ぎたる行動をとれば、ジグゾーパズル全体が

 壊れてしまうことは容易に想像できる。

                                                          

 さらに、生物種の絶滅は、それが自然に生じる

 ものでなければ、

 一方的にピースの数が減っていくことを意味する。

 その場合も同様の結果となることは火を見るより

 明らかなことだ。

                                                   

 わかりきったことかもしれないが、

 こういう復習は何度でも行う方がよいと思った。

 

 

2008年2月14日 (木)

漱石の講義を受けた。

早いもので、既に2月半ばであるが、

今年のお正月に、漱石の講義を受けた。

とにかく難解な講義であった。

正確に言うと、漱石が東京帝国大学で行った

講義録である『文学論(上・下)』(岩波文庫)を

読んだ。

                                                           「凡(およ)そ文学的内容の形式は(F+f)なること

を要す。」

                                                                  という堅苦しさで始まる講義録であるがゆえに、

理解度という意味では全く恥ずかしい限りだが、

とにかく最後のページまで辿り着いたことを

良しとして、いくつか思ったことを書き付けておく。

                                                                 *「千百の恋愛論は遂に若き男女の交す一瞥の

一刹那を叙したる小説の一頁に及ばざること

明かなり。」(上 p142)

                                                             この言葉を読めば、あの、『草枕』のラストシーン

を思い出さずにはおられない。

非人情の小説に徹した最後の最後、

                                                               「そのとき、那美さんと野武士は思わず顔を

見合せた」

                                                             その刹那、非人情の小説が、人情の小説に

大転換する。

この瞬間、長い長いF、すなわち「認識的要素」を

経て、ようやくf、即ち「情緒」が俄かに出現する。

                                                                   まさに漱石は、難解な講義の内容を、

自らの小説の中で分かりやすく実践したのである。

                                                          *「人は冒険性の動物なり。」(上 p274)

                                                               かっちょいいことを言うものだ。

「この困難を凌ぎ得たる時、自己の力を自覚して、

これに伴ひ生ずる快感を大ならしめんと冀(こいねが)

ふなるべし。」

「苦痛は既に目的にあらず、苦痛後に来る快楽

が目的なり。」

これはまさに、脳内報酬物質に基づく「強化学習」

のことを言っているのだろうが、

「英国紳士の間にあつて狼群に伍する一匹のむく犬

の如くあはれなる生活を営み」(序)、

「文学とは何(ど)んなものであるか、その概念を

根本的に自力で作り上げるより外に、

私を救ふ途はないのだと悟つた」

(『私の個人主義』)

漱石が言うだけに、説得力が違う。

                                                            *「吾人が一様にこの種の性質<=模倣>を

有するは生存競争の大理法に基づくもの」

(下 228) <>内は坂口注。

                                                               漱石は、当時最先端の心理学や社会学を学んで

自己本位による文学論を打ち建てようとしたので

あるが、

ダーウインの進化論をも自分のものにしようと

していたことがよくわかる。

                                                                甚だ拙いが、講義を受けた備忘は、今日のところ、

とりあえず以上。

2008年1月13日 (日)

大佛版四十七士

この年末、新潮文庫で復刊となった

大佛次郎氏の『赤穂浪士(上下巻)』を読んだ。

昭和2年(1927)に連載開始され、

昭和初期の読者を魅了したとされる大作である。

氏の四十七士の面白さは以下にあると思った。

                                                          1.本事件を旧武士道と新武士道の対立

にあると捉える

当時の時代背景を考えると、政治的には

ある程度の安定性が保たれていたことにより、

古きよき時代の武士道精神を尊ぶよりも、

所謂「読み、書き、そろばん、ごますり」を得意

とする者が重用される世の中になっていたと

言える(*1)。

前者の主張者こそ、浅野内匠頭であり、四十七氏

であり、上杉家の千坂兵部である。

後者の代表者は、もちろん吉良上野介であり、

時の将軍綱吉の寵臣として引き立てられていた

柳沢吉保であり、赤穂家の大蔵大臣役、

大野九郎兵衛である。

                                                             著者は、今世にときめく柳沢美濃守を

「新しい武士道の先達」と言い、

その武士道を「元禄という時代が自然と咲かせた

華奢な花」と言い切る。(上390)

                                                        2.禅の人、大石内蔵助

しかしながら著者は、

上記の「古きよき時代の武士道」について、

内蔵助が抱いていたイメージを、

とにかく武術、とにかく潔さ、とにかく切腹といった、

四十七氏でいうところの堀部安兵衛のイメージの

ものとは少し違ったように捉えているように

私には思える。

                                                                著者が内蔵助に以下のような科白もしくは内言を

語らせているところにそれが見て取れる。

                                                             「浪人しても武士は武士に相違なかろう。

・・・・・私が武士というのは、境遇の変転によって

節をかえない人間のことだ。

いや、境遇が人に及ぼす恐ろしい力は勿論私も

認めているが・・・・・しかし武士はその上にある。

逆にいえば、実はそのために武士として

認められているのだろうと思う。

決して刀を二本さしているからではない」(上294)

                                                  「士道は態度ではないか。(中略)

世の進展とともに抱擁の力を拡充して、

その態度において変質を受けぬひろい理解

と消化力。明鏡止水の心に映ずる姿を悉く

拒まず禅機と一致していた朗らかな鎌倉の昔に、

むしろその真実の姿が見られなかったか?」

(上322)

                                                「武士とは、刀を二本差していることだけを以て、

ほかの人間から区別されるような憐れなもの

ではなかろう。(中略)

いつでもおのれの欲望も生命も、

道のためになげうつことの出来る者だ。

(中略)庶民の中にも武士はいる。」

(下266)

                                                          これは武士道というよりもむしろ、

文字通り、禅的な生き方である。

                                                               禅の修行者を「雲水」さんと呼ぶ。

これは、行雲流水の略。

「定住の家もなく、一定の場所にとどまるの

でもなく、名誉や地位にこだわるでもなく、

財産や金銭に執着するのでもなく、

自然の、無常の生き方」(*2)を

漂う雲、流れる水に例えてそう呼ぶのだが、

内蔵助の生き方、暮らし方自体を、著者は禅僧の

生き方のように捉えていると思うのである。

                                                              著者はさらに、陣十郎の口を借りて

このように言わせている。

「(内蔵助は)形のきまっていないところが

恐ろしいんだろうと思います。

どれが正体かわかりようがない。(中略)

あのだだら遊びもかれの本心なのじゃ

ありますまいか?」

                                                   3.冷静な視点

脇役ではあるが、

元武士で今は大名荒しの賊である

蜘蛛の陣十郎と、

そこまで色々な意味で割り切れない

浪人堀田隼人のキャスティングも隠し味の

香辛料のようにピリリと効いている。

                                                           特に、陣十郎の冷めた視点が気になる。

陣十郎は言う。

「私ァまたいつもの伝だが・・・・・・むしろ武家全体

が浪人になる日を望んでいるンですよ。

そんなことでもないと百姓町人はいつまでも

浮ぶ瀬がありませんからね」(上217)

                                                                    確かに、討入りをして本望を遂げた人達は

そこにいた。

しかしながら、一般庶民の暮らしは

それでどうなったのか。

ゴシップ的な一時の盛り上がりと、

幕府のそういう世論に対する配慮はあったの

かもしれないが、

本質的に、上記の「新しい武士道」の流れは

その後も変わることなく続いたのである。

                                                             軍国主義化がスピードアップする昭和初期、

著者はその流れと新しい武士道とを

オーバーラップさせて考えていたのだろうか。

興味は尽きることがない。

まだまだ何度でも味わえそうな良書である。

                                                             (*1)野口武彦『忠臣蔵 赤穂事件・史実の肉声』

(ちくま学芸文庫 2007)によると、

四十七氏の一員である間(はざま)喜兵衛の手紙

に以下のような大意の記載があるという。

「最近、上方で流行しているのは、

算用のできるやつ、作文のうまいやつ、

奉公のたくみなやつといった手合いでして・・・(中略)

当世の武士は、刀・脇指では人を殺さず、

利欲で手元に引きこむ算段ばかりで、

金銭をかき集める根性になり申した。」

(*2)田上太秀『禅語散策』(講談社学術文庫1835

2007)

2007年11月20日 (火)

キャリアアドバイザー漱石

どうしても漱石の話題が続く。

朝日文庫から『ジャーナリスト漱石 発言集』

(牧村健一郎編)が出た。

講談社学術文庫等にも入っている講演や短文を

再編成したものだが、

そういう括りで読んでみるのもまた一興かと

購入した次第である。

                                                                もちろん、ジャーナリスティックな観点からの

発言、分析もあるが、

ジャーナリストというよりも、

「キャリアアドバイザー漱石」とも言っても全く

過言ではない箇所が今回も気になってしまった。

                                                    明石で行われた講演『道楽と職業』の中で、

自らの職業に没頭すること、言い換えれば、

その道の専門家となることについて漱石は、

                                                          「自分の力に余りある所、即ち人よりも自分が

一段と抽(ぬき)んでて居る点に向つて人よりも

仕事を一倍して、其の一倍の報酬に自分の

不足した所を人から自分に仕向けて貰つて

双互の平均を保ちつつ生活を持続するといふ

事に帰着する」

                                                    と言う。

                                                                  そして、この考え方を、

「己れの為にする仕事の分量は人の為にする

仕事の分量と同じであるといふ方程式」

と名付けた。

                                                           人は、それぞれが、

天命により授けられた仕事に力を尽くしあう

ことで生きていくことができる存在である。

                                                             この漱石の方程式は、吉野源三郎氏による

『君たちはどう生きるか』の主人公である

コペル君が発見した、

「人間分子あみ目の法則」へと繋がるもの

でもあろう(2007-08-14記事参照)。

                                                           さらに、漱石は、

                                                          「職業といふものは要するに人の為にする

ものだといふ事に、どうしても根本義を

置かねばなりません」、

「職業と名のつく以上は趣味でも徳義でも

知識でも凡て一般社会が本尊になつて

自分は此本尊の鼻息を伺つて生活する

のが自然の理である」

と言い切る。

                                                              要は、彼に言わせると、

仕事は「他人本位」で遂行すべきということになる。

                                                          一方で、学習院の学生さんを前にした有名な講演、

『私の個人主義』では、

自らのこれまでのキャリアの軌跡を包み隠す

ことなく、自己開示してくれている。

                                                        帝国大学では英文学を専攻したものの、

これといって密度の濃い充実感を得られぬまま

に卒業、悶々としつつ、

松山、熊本の、尋常中学校、高等学校の教師

として過ごし、

文部省の言われるがままに英国へ留学した

漱石は、

「本領といふのがあるやうで、無いやうで、

何処を向いても、思い切つてやつと飛び

移れない」

と悩み、そういう自分を

                                                      「丁度霧の中に閉ぢ込められた孤独の人間の

やうに立ち竦(すく)んでしまつたのです」

と表現する。

                                                            そして、悩みに悩んだ挙句、

「此時私は始めて文学とは何(ど)んなもので

あるか、その概念を自分で作り上げるより外に、

私を救ふ途はないのだと悟った」。

                                                                 この心持を、漱石は、

「自己本位」

という四字で表現する。

                                                             はて。

「他人本位」と「自己本位」。

この矛盾をどう理解すべきか。

                                                             いやいや、これを矛盾と考えること自体が

おかしいのだ。

                                                            自己本位となるべきその源を、

自分の中にしかと認識すること。

そしてその一方で、

その源となる鉱脈をがちりがちりと掘り進める

ことが世の中のニーズと合致していること

なのかどうかを真摯に見極めること。

                                                           自らの今後のキャリアを切り拓いていく

時に必要なことは、

その両方なのである。

そして、その両方は決してばらばらのもの

ではなく、表裏一体を成しているものなのである。

                                                            自己本位でありつつ、他人本位であること。

                                                           自らのキャリアを考える時の基本のきを、

自分のキャリアを素材として、

ここまで分かりやすく解説してくれる

キャリアアドバイザーは

そうざらにはいないものである。

2007年11月13日 (火)

ありがとう。そして

風邪をひいている。

ここは大事をとるべきだが、

行かねばならないところがある。

両国の江戸東京博物館で開催中の

「文豪・夏目漱石」展覧会である。

                                                              日曜の夕方であるが、

想像以上に混雑している。

陳列物には、文字通り人が鈴なり横丁である。

                                                           2007-10-27の記事で書いた通り、

直筆版の『坊っちやん』を読んだばかりであり、

そのお陰で、『こころ』や『我輩』の生原稿を

スラスラ読めたのは楽しかった。

                                                           しかし、生の漱石の字の細やかなこと。

一字一字は崩れていても、

原稿用紙の一マス一マスを、はみ出すことなく

丁寧に埋めていったことがよくわかる。

これは、とても神経の細やかなる人ならでは

だと思った。

                                                              神経が細やかと言えば、

お金や本を貸した記録が一件一件丁寧に

つけられていた。

                                                         留学中に買い求めたという蔵書の数もすごい。

                                                          『「文学論」序』にある通り、

「消費し得る凡ての費用を割いて参考書を

購へり。」

ということがよく納得できた。

                                                       しかも、

「有する限りの精力を挙げて、購へる書を片端

より読み、読みたる箇所に傍注を施こし、

必要に逢ふ毎にノートを取れり。」

ということも、

「留学中に余があつめたるノートは蠅頭の細字

にて五六寸の高さに達したり。」

ということも、まさにその通りであった。

                                                             特に、心理学系の本を多く購入していたのが

驚きであった。

これについても、漱石は同書の中で、

自身の文学論を、

「重に心理学社会学の方面より根本的に文学

の活動力を論ずるが主意」

としているが、

人間心理を、人と人との関係性の中で

丁寧に丁寧に紡ぎ出そうとした点が、

漱石の文学の真骨頂だと考えれば、

それもうなずける。

だからこそ、彼の文学はここまで多くの人を

惹きつけてやまないのである。

                                                             最後の方で、漱石のデスマスクが展示してあった。

それを観る人は皆その場を離れがたいように、

その顔に見入っていた。

ひとりひとりが、その顔に

「ありがとう」

と語りかけているかのようであった。

                                                               これも、彼の持って生まれた神経の細やかさと、

文学をできうる限り科学的に追求しようとした

彼独特の探究心のおかげなのである。

                                                           私も心を込めて言いたい。

                                                            ありがとう。

そして、あなたのように生きたい。

2007年10月27日 (土)

「清」のような人を、、、

先週金曜日。

仕事が終わってほっと一息ついて、

梅田のブックファーストでぶらり散歩。

突然、新書コーナーで衝撃が走った。

                                                           な、なんと漱石の『坊っちゃん』が本人直筆で

読めるではないか!

しかも、新書なので1200円なり。

(集英社新書ヴィジュアル版006Ⅴ)

あくまで一方的にではあるが、漱石の薫陶を

深く受けていると大きく勘違いしている身

としては、読まねばなるまい。

というか、素直に読みたい。

特に、この土日は特別の用事がない。

読書の秋とも言うし、やってみっか。

この土日での完読を独りで宣言した。

                                                           しかし、梅田のワンルームの我が住まいに

閉じこもって読んだとしても、気が散って

進まないのはわかっている。

しかも、心のバイオリズムは必ずも良い状態

にはない。

そこで、美味しい喫茶店が多い京都で、

まいうーな珈琲を頂きながら、

読み進めることにしたのである。

結果として、京大農学部前の進々堂さんで

気持ちがやさしくなれるミルクコーヒーを。

下鴨のVerdiさんで透明感溢れる下鴨ブレンドを。

三条河原町の六曜社さんで京都らしい焙煎の

効いた珈琲を。

そして、四条河原町の築地さんで伝統の

ウインナーコーヒーを飲みながら、

読んで読んで読みまくったでござる。ぞなもし。

                                                              最初は兎にも角にも読みづらい。

「こ」に見えるのが「た」であったり、

「た」に見えるのが「そ」であったりと。

しかし、読み進める内に慣れてくるから不思議

なものである。

                                                           しかし、漱石が原稿用紙に書き付けた文字を、

一字一字ここまで真剣に読み込んでいくことは

過去にもなかったことである。

いくら大好きな漱石の小説とはいえ、

いやだからこそ、早く先が読みたいという

欲望に身を任せ、視覚に関わるニューロン群を

中心に使って読み進めて行くのが常であった。

ましてや、『坊っちゃん』は読者に早いテンポで

読ませる漱石の工夫がよく効いているだけに、

その感が強い。

                                                            だが今回は違う。

声には出さなくとも、必ず音読しているのだ。

聴覚に関わるニューロン群も同様に丁寧に活用

しなければ話の流れが理解できない。

                                                              今回思ったのは、こんな感じで丁寧に丁寧に

読み込んでいくと、登場人物への感情移入度が

全然違うということ。

特に『坊っちゃん』は、狸、赤シャツ、のだいこ、

山嵐、マドンナといった特徴的な人物が沢山

登場するだけに、夫々の人物の立場になって

物語に参画することで立体感がさらに増してくる。

                                                         元々私は、無鉄砲な坊っちゃんを、

実の家族よりも何よりも、心の底から支持して

くれている老女中「清(きよ)」の存在が

気になっていたのだが、

今回、その思いを愈々(いよいよ)強くした。

                                                        「教育もない身分もない婆さんだが、

人間としては尊とい。」

                                                   「清をおれの片破れと思ふからだ」

                                                            そして、「親譲りの無鉄砲」で始まった

物語の最後は、

「坊っちゃん後生だから清が死んだら、

坊っちゃんの御寺へ埋めて下さい」

という清の遺言を受けて、

「だから、清の墓は小日向の養源寺にある」

で終わる。

                                                        ボウルビー(Bowlby)という学者が、

「親子分離によって障害が起こるのは、

子どもに生得的に備わっている母親と絆を

結ぼうとする行動が阻害されるためだろう」

とした愛着(アタッチメント)理論なるものがある。

                                                      この理論は、ハーロウ(Harlow)という学者による、

ストレス下の赤毛サルの乳児がミルクは出るが

針金でできた親サル人形よりも、ミルクの出ない

柔らかな布でおおわれた母サル人形を好んで

しがみつくという観察実験によっても強化された。

                                                               ここで議論の対象となっているのはあくまで

乳児の愛着行動がその後の成長に与える影響

なのであるが、

人間いくつになってもそういう愛着を求めるもの

なのではなかろうか。

外である程度の無茶ができるのも、

包みこんでくれる柔らかな布があるからだ。

帰れる港があるからなのだ。

                                                          別の言い方をするなら、

何かにチャレンジしてリスクテーキング

できるのも、セーフティネットがあるから

なのだ。

『坊っちゃん』が発表されたのは1906年4月。

日本は前年に日露戦争で勝利を収め、

ポーツマス講和条約で、大方の期待に反し、

日本への無賠償が確定、

戦時外債の累積による財政圧迫懸念から、

株価が暴落していたころである。

御一新後、日本は欧米になんとかかんとか

追いついてきたものの、

勝ったつもりの戦争もロンドンやニューヨーク

市場で発行された外債のお陰であるし、

どこか爪先立っている感じが否めない状況

ではなかったのだろうか。

                                                                                        国家も個人も欧米の真似をするのはよい

としても、

何らかのセーフティーネットのようなもの、

日本人として最低限守らなければならない

倫理観のようなものが必要なんじゃないのか?

                                                             そのようなメッセージを、漱石は「清」に託した

のではないかと思うのだ。

                                                            そう考えれば、『それから』の代助は、

せっかくのセーフティネットを自ら次々に破壊

してしまった、全く坊っちゃんとは両極端の

人物に仕立てられていたという観方をする

ことも可能になる。

                                                                今の日本で一番忘れてはならないことは

「清」のような人を、

社会から、会社から、家庭から無くさないことでは

ないのか、ぞなもし。

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                                                      (参考)

『3歳児神話 その歴史的背景と脳科学的意味』

榊原洋一(東京大学医学部小児科)

『日本の産業革命』 朝日選書581 石井寛治

2007年10月11日 (木)

「環世界」を味わう秋

ユクスキュル(Jacob von uexkull)という学者が、

「環世界」という概念を唱えている。

                                                       我々人間は、自分の周囲の環境を客観的に

見ることができていると思っているが、

実はそれは思い込みに過ぎず、

人間も含む動物は、それぞれの種ごとに極めて

主観的な形でしか周囲の環境を把握できていない。

                                                       例えば、マダニは木の枝先で、

その下を動物が通過するのをひたすら待つ。

そして、一定の体温を持ち、その皮膚腺から出る

酪酸の匂いを嗅ぐと、その動物の上に落下し、

血液を吸う。

すなわち、マダニにとっての環境は、

温かい感じと酪酸の匂いでしかない。

これが、マダニにとっての「環世界」である。

                                                         このように、動物はそれぞれの種がそれぞれの

環世界を持って生きているというのである。

ユクスキュル曰く、

「いずれの主体も主観的事実だけが存在

する世界に生きており、環世界自体が主観的

現実にほかならない」

のである。

                                                         これは考えてみれば当然のことであるが、

思い込みとは激しいもので、

ついつい我々は、犬も猫も我々と同じような

世界に生きていると思いがちであるが、

そもそも超近眼の犬が猫と同じようにものを

見ているわけがない。

                                                     たしかに、先般我が家のトイプーを散歩

させている時、

近所の野良猫の集会の近くまでわざと接近

させてみたが、

最初に警戒態勢に入ったのは目がよい野良猫

達であった。

                                                              ユクスキュルが環世界の概念を詳述している書、

『生物から見た世界』(岩波文庫)の訳者である

日高敏隆先生は、それぞれの動物が持つ

ものの見え方を「イリュージョン」と表現されて

いるが、

この世界では、それぞれの動物達が極めて

主観的にそれぞれのイリュージョンを展開し

合っているだけなのである。

                                                              しかし、よくよく考えてみると、

人間一人ひとりについても、それぞれが、

それぞれの主観的な環世界の中で生きている

ということに気付く。

過去の経験や知識、もって生まれた気質、

その人が生きる文化、そしてその時々の気分

などによって、一人ひとりの環世界は大きく

違うし、

一人の人でも時々刻々その環世界は変化

している。

                                                         そしてここにこそ、人間どうしの

コミュニケーションの難しさの淵源がある。

しかし、人間は相手の心を慮る機能を脳内に

発達させてきた。

                                                           多くの親が自分の子に望むことの一つに、

「思いやりのある子に育って欲しい」

ということがあるが、

これは、

「他人の環世界をきめ細かく理解できる人間

に育って欲しい」

というようにも言えるのではないだろうか。

                                                            人の環世界を想像することに失敗した経験は

多くの人にあるはずだ。

すくなくともこの私は多数あり。

大いに反省なり。

だからこそ、その失敗経験が、子を持つ親に

「思いやりのある子に・・・」

と言わせしめるのであろう。

平和な世の中を望む気持ちと思いやりを持つ

人に育って欲しいと願う気持ちはどこかで

重なっている。

                                                         今秋は、しばし「環世界」という言葉を深く

味わってみることにしたい。

2007年9月16日 (日)

自然の子でもあることを忘れるな!

漱石の『それから』を久しぶりに読んだ。

                                                主人公の代助は、高等教育を受け、世間で言う

ところの結婚適齢期を迎えているにも関わらず、

働かない。

代助は、その理由を、

「日本対西洋の関係が駄目だからだ」とする。

日本が無理にも一等国の仲間入りをしようとした

結果、日本の人々に精神的にも物理的にも余裕

なくなり、それぞれが自分のことしか考えられ

なくなってしまっている現状に問題意識持って

いるのだ。

                                                      但し、その現状を解決するために自分一人が

動いたところで何も始まらないと達観し、それを

理由にして全く働こうという気はなく、親の援助で

決して悪くはないレベルの生活を続けている。

                                                    頭の中で考えている問題意識はそれなりでも、

それを自分自身の行動に反映させることも

しないし、人が生きていく上で大前提となる

自活の努力すらしようとしないのだ。

                                                               しかしながら、代助の生活は、「熱い紅茶を啜り

ながら焼麺麭(やきパン)に牛酪(バター)を付け

いる」というように、すでに西洋化を受け入れて

いるし、かつては武士で、戦争(日清か日露か?)

にも出て、度胸や胆力という日本的な価値観に

重きをおく父を軽蔑している。

もっと言うと、古風な価値観を引きずりながらも、

ちゃっかり西洋化の恩恵を経済的に享受している

父に対して複雑な思いを抱いてさえいる。

                                                     というように、漱石の小説の中で、当時の

社会経済的な状況が、人物描写と人間関係に

ここまで色濃く反映された形で話が進んで

いくのは珍しいのではないかと思われる。

                                                   そういう中で、代助は、若い時に愛し合って

いたにも拘らず、今では友人平岡の妻となって

しまった三千代と再会する。

なってしまった、というよりも、何を思ったのか、

自分の自然な気持ちを抑えて、簡単に平岡に

譲ってしまったのだ。

                                                   一方、代助は父から結婚することを要請される

が、三千代への思いが絶ちがたく、縁談話を

断り、なんと平岡へ妻の三千代をくれ、と談判

する暴挙に出てしまう。

                                                             代助は、人間が生きていく上で大事なことを

忘れていたのである。

人間はまずもって生き物である。

そのためには、食べていく必要がある。

自分で食べ物を見つけてくる力を身に付けて

おく必要があるのだ。

次に、異性を獲得することである。

それが出来なければ自分の遺伝子が将来

に生き残っていくことはできない。

                                                        もちろん、それだけが人間ではない。

一方で、人間は人間とともにしか生きられない

社会的な存在でもある。

                                                          言い換えれば、人間は「自然の子」であるのと

同時に「社会の子」でもあるのだ。

この言い方は、日本の心身医学の草分けである

池見酉次郎先生が使われていたものである。

                                                      まさに、「人間は社会への適応を目指す

「社会の子」である前に、基本的には、

自然の掟のままに生かされている「自然の子」

であることを忘れがちなところに、現代社会の

病根がある」。

(『セルフコントロールと禅』NHKブックス399)

                                                     漱石は、日本の急速な西洋化が始まって

まもないこの時期に、もはやその病根に

気付いていたのではあるまいか。

                                                          代助が今の時代に生きていれば、温感を体で

感じる自律訓練法や、体が感じた「感じ」を言葉

で表現する焦点づけ(フォーカシング)が

心療内科で行われたのかもしれない。

                                                 実際に、『それから』の中で代助は、自分の心臓

の鼓動を感じたり、鼓動の回数を増減させたり

しているが、これはまさに自律訓練法である。

漱石自身が、誰に教えられるでもなく、このような

ことを通じて心身の調和を整えていたのだろうか。

                                                      そして、池見先生は、自律訓練法や焦点づけだけ

ではなく、心身の調和を整える方法論として、

坐禅を強く推奨されている。

                                                       漱石は次の著作である『門』において、主人公の

宗助を参禅へ行かせているが、『門』が『それから』

のそれからとの位置づけであるとすれば、それも

また理にかなっていることのように思えてくる。

                                                             漱石自身が心身の不調に悩む中にあって、

なんとか自らの心身のバランスを整えたいという

気持ちで色々と試していたことが実はそんなに

的外れなことではなかったのである。

                                                 そして、漱石は、人間が自然の子であることの

象徴として本作の中で「血潮」という表現を多用

しているし、その色として、「紅」をイメージさせる

ものをこれでもかというくらい文章の中に織り

込んでいると見ることもできよう。

                                                      特に、詩人ダヌンチオが自宅を青と赤に塗り

分けているという話を挿入し、代助が鳥居の赤

見ても余り好い心持はしない、と書いている

ところを見るとあながちこのような解釈も誤って

はいないのではなかろうか。

                                                「八重の椿」

「紅の血潮」

「迸(ほとばし)る血の色」

「羞恥の血潮」

「夕陽が、真っ赤になって・・・」

「瞼(まぶた)の赤くなった眼を・・・」

「熱くて赤い旋風(つむじ)」

                                                            そして、フィナーレでは怒涛の赤い色攻撃を

迎える。

読者の頭の中まで真っ赤かにして終わるのだ。

                                                読者よ、「自然の子」でもあることを忘れるな!

                                                   そういう漱石の叫びが聞こえてくるような気が

してならない

2007年9月14日 (金)

西岡常一語録

前回の記事に書いた通り、最後の宮大工棟梁

と言われている、故 西岡常一氏の

『木のいのち木のこころ(天)』(新潮OH文庫)

を読んだので、氏の言葉をいくつか記す。

                                                                

・(飛鳥人は、)理解というよりも大自然のなかに

 生かされているということを体で知っておった。

・とにかく競争を生き抜かんことには、千年、

 二千年という木には育ちませんからな。

・学者が先におったんやないんです。職人が先に

 おったんです。

・(弟子になるものには)その上に何か教えて

 もらおうという衣みたいなもので覆われています

 が、それが邪魔ですな。自分で解く心構えが

 ないと、ものは伝わりませんな。

・(自分で)考えてやってみる。これを何度も

 繰り返し、手に記憶させていくんです。

・「これでいいのか、間違っていないか」という

 気持ちをつねに持つことが大事です。

・(性根の悪いのも)やっぱり包容して、その人

 なりの場所に入れて働いてもらうんですな。

 曲がったものは曲がったなりに、曲がったところに

 合う所にはめ込んでやらな、いかんですな。

・自分が造ろうとしているもの、かかわっている

 仕事がどんなものか知らなならんという宮大工

 としての心構えですな。

・昔の人やから、古くて、何でも上に立つ人は号令

 ひとつで下の者の意見や考えなんか無視していた

 んやないかと思っている人が多いやろうけど、

 この口伝がまったくそうやないことを物語って

 いますな。

・教えられた技法はおじいさんが考えたものや

 なしに、その前から伝わったものです。

211

                              以上

 

2007年9月13日 (木)

カレー天国!その1

11日(火)午後から東京出張。

12日の11:00から14:00まで空いた。

何を食べようか。

多少の時間はある。

そうだ ナイルさんち、行こう。

有楽町から東銀座を目指して歩く。

三越を通過。

                                                        雨が降ってきた。

でも、そんなの関係ねぇ!

                                                     休みを確認してこなかった。

でも、そんなの関係ねぇ!

                                                       三原橋の交差点まで来た。

やった。

ナイルさんちのにおいがしてきた!

顔がほころぶ。

                                                        入口を見る。

ナイルさんが立っていた。

「いらっしゃ~い。ムルギランチねぇ~」

                                                    もはや以下詳細を述べる必要もなかろう。

お願いして写真を撮らせて頂いた。

鶏肉の骨をはずしてくれる。

205

これまでは、ナイルおじさんが混ぜ混ぜして

くれていたが、今日は自分で混ぜ混ぜした。

206

                                                     味については例により不立文字。

ナイルさんち、ナイルレストランでしか食べられない

カレーである。

まさに気分はカレー天国。

                                                     さて、午後からは、首相官邸横のビルでセミナーの

デモンストレーションを受けた。

ヘリコプターが飛んだり報道陣が議員を待ち構えて

いたりして騒々しい。

                                                             17:00にはデモも終了。

東京駅で配られた号外に驚いた。

                                                       大阪へ戻る新幹線車中では、宮大工の、

故 西岡常一氏による

『木のいのち木のこころ(天)』(新潮社 OH文庫)

を読んだ。

以下の、法隆寺大工の口伝が印象的だった。

                                                    「百工あれば百念あり、これをひとつに統(す)

ぶる。 これ匠長の器量なり。

百論ひとつに止まる。これ正なり」

                                                     西岡氏は言う。「大きな仕事は人の考えを無視

して、支配する力だけではできないんですな」

                                                    「百論をひとつに止めるの器量なき者は慎み

おそれて匠長の座を去れ」

                                                        西岡氏は言う。「下の者の意見をまとめられん

のは自分に器量がないからだというんですな。

こんなことになったら自分から辞めなければ

ならん。棟梁というからには、工人に思いやりを

持って接し、かつ心をまとめなければならんの

です」

                                                       こういう特別な日だけに、深く、深く、心に染みた。

2007年8月28日 (火)

トルストイと三遊亭円朝

岩波文庫版のトルストイ民話集

『人はなんで生きるか』の第一話は題名のお話。

第二話は、「火を粗末にすると-消せなくなる」

である。

                                                 イワンとその隣に住むカヴリーロの反目は

とても些細なことから始まった。

イワン家で飼っていた鶏が、垣根を通り越して、

カヴリーロ家の庭で卵を産んだのだが、その卵が

行方不明になったのだ。

そこから、両家族入り乱れた小競り合いが続き、

最終的には放火事件へと発展する。

                                                実は、こういう両家も、一世代前までは、「垣根」の

ない仲のよい家族同士だった。

                                                病床にあったイワンの父は言う。

「犬が喧嘩をする時、互いに噛み合えば噛み合う

ほど、彼らはますます狂暴になる」

                                                 「人に腹を立てるでねぇ。・・・腹を立てれば

立てるほど、ますますいけねえことになる」

                                                「自分の罪は背中だから見えねえのだ。・・・

いったい人間同士の喧嘩が、片方だけから起こる

ものだろうか?」

                                                 「人からなんと言われても、おまえは口答えする

でねえ、-すりゃちゃんと相手の良心が、自分で

自分を責めるだって、・・・」(*1)

                                                  一方、同じく岩波文庫の三遊亭円朝作

『真景累ケ淵』を読んだ。

こちらは、針医で金貸し業を営む皆川宗悦という

者が、深見新左衛門という貧乏武士のところに

返金をお願いに行ったところ、武士に対する言葉

遣いが悪いと切り捨て御免に遭ったところから、

人殺しショーが始まる。

結果、二十数人の人間が入り乱れ、縁が縁を呼び、

十数回の殺人と自殺が行われるのだ。

                                                   円朝は、科学の発達で幽霊の存在が否定され、

幽霊を見た人が神経症と片付けられることを嘆く

かのような語りを、途中途中で入れている。

しかし、円朝は、

「随分行きながら出る幽霊がございます」と言う。

確かに、この話は怪談なのだが、所謂うらめしや~

系の幽霊は出て来ない。

出てくるように見えても、幻影という感が強い。

むしろ、話は人殺しの凄惨な場面を描くことで続いて

いく。

                                                        そうなのだ。

円朝は、人と人が憎しみ合う時に、その人達の

中に立ち上がる憎しみの気持ちを幽霊として表現して

いるのだ。

同様に考えれば、トルストイは、イワン家と

カヴリーロ家の面々の中に幽霊を描いたと言える。

だからこそ、イワンの父は息を引き取る直前に、

息子にこういうのである。

                                                「生きてゆけるさ。神さまといっしょに生きるなら

 生きてゆけるさ」

                                                  幽霊もいる。

神さまも仏さまもいるのだ。

我々の中に。

                                                (*1)同様の趣旨の科白は、トルストイの別の

著作『ろうそく』の中でも見ることができる。

                                                「おまえが悪をもって悪を滅ぼそうとすれば、

それはお前に返ってくるだよ。・・・おまえは

悪人を殺したつもりでも、-悪を滅ぼした

つもりでも、そのじつおまえは、それより

もっとわるい悪を、自分のうちへひきこむ

ことになるだ。」

2007年8月26日 (日)

トルストイの感想のつもりが・・・

出身高校の全国同級生メーリングリストで話題

に登った、トルストイの『人はなんで生きるか』

を読んだ。

                                                 簡単に言うと、修行の足りない天使が、神さまの

咎めとして、地上(人間)世界に無一物の状態で

降ろされ、神さまから

①人間の中にあるものは何か

②人間に与えられていないものは何か

③人間はなんで生きるか

をわかったら戻ってこいと言われた。

                                                天使は,ぎりぎりの貧しい生活をしている靴屋の

家族に厄介になり、靴職人として働く中で、

とうとう答えを体得したのである。

①人間の中にあるものは、愛である。

②人間には、自分の肉体のためになくてはならぬ

 ものを知ることが、与えられていない。

③人間は、愛によって生きている。

ということ知ったのだ。

                                                ①の「愛」は神と言い換えてもよい。極貧ながらも

無一物の自分を助けてくれた靴屋夫婦の中に、

天使は神さまを見た心地がした。

②は、天使には、直後に死ぬことがわかっていた

にも拘らず、高級な靴を注文にきた男と会った時に

天使は悟った。

③は、父母がいない幼子を懸命に育てる他人の女

見て、気付いた。

                                                 この物語を見て思った。

これは、先般、佐渡裕さんの『魔笛』を観た時に

も感じた感覚であるが、人間の中に、自分の中に、

何者か素晴らしいものが宿っていることを悟ると

いうことは人種、宗教などを問わず普遍的なこと

なのではないかということだ。

                                                例えば、『臨済録』の中には、

「赤肉団上に一無位の真人あり、常に汝ら諸人の

面門より出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よ」

という言葉がある。

これは、

「赤い血の流れている肉体のなかに、一人

の無位の(=仏とも衆生とも凡夫とも聖人とも位付け

のできない)真人がいる。その人は、何か神秘的な

存在ではなく、私達の日常生活で、見るところ、

聞くところ、思うところに、常に活き活きとして働いて

いるところの、”ただの人間”である。この「真人」を

まだ自覚体認していないものは、心眼を開いて

見よ見よ。」

という意味である。

                                                一方、最近思うのは、こういうことは人間の本質的

ことだということ。

ただ、確かにそう思うのだが、人間がもっと極限的

な状態の中で、もしくは、人間の集団と集団の関係

(例えば、国同士)になった時に、無意識的に、

他人ことを考えて生きていくことは本当に難しいこと

ではないのか、とも思うのである。

                                                例えば、ナチスの収容所という極限的な場所で、

自分を見失うことなく、静かに、しかし力強く

生き抜いたヴィクトール・フランクルのような人が

いることは知っているが、多くの人がそのように

生き抜くことは難しいことではないのか。

                                                 うーん。まあ、よい。

どうして他の多くの人がそうならないのかとか、

国と国との場合には難しいよなぁ・・・などと思い

悩むよりも、

まずは自分の実践の方が大事なのだ。

日々の生活の中では、そういうことで悔やんだり

するむことも多いが、ゴルフと同様、引き続き、

少しずつスコアを改善していくことにしよう。

                                                   昨日のゴルフでのスコアは119。

3月頃は150近傍だったことからすると大きな改善

であるが、徐々に徐々に、の改善だ。

悔しくて自分に腹が立っても、途中で投げ出したく

なってもこつこつと練習を続けてきた成果である。

しかし、改善しても、悩みは尽きることがない。

                                                  よい生き方がしたいと思っていても、日々反省の

連続であることはそれと同じことなのだろう。

なんだか、トルストイの話からゴルフの話になって

きたが、現状に満足していないということ自体をまた

不満に思う必要もないのかな。。。

                                                ぜいたくなスポーツをやっているのだから、少しくらい

は教訓も身に付けて行こう。

                                                                参考文献:『禅のことば』(秋月龍珉著、講談社現代新書)

2007年8月14日 (火)

人間分子の関係、あみ目の法則

東京に戻っている。

久しぶりに、吉野源三郎氏の『君たちはどう生きる

か』(ポプラ社、ジュニア版 吉野源三郎全集Ⅰ)に目を

通した。

                                                  これは、山本有三氏が編纂された『日本少国民文庫』

十六巻の最後の配本で1937年に完結したものである。

本来、山本氏が執筆予定のところ、氏の体調不良に

伴い吉野氏が代理を務めたという。

日本の軍国主義化が一段と進み、自由主義の立場

での執筆活動にさえ当局の規制が厳しくなる中、次の

世代を担う少年少女に、人間が生きていくことについて

自ら自由に考え悩む一助として書かれたシリーズで

あるだけに、真っ直ぐに筋の通った一冊である。

                                                お父さんを亡くしたコペル君という中学生とそのおじ

さんの対話で話が進んでいくのだが、この本のバック

ボーンの一つとなる考え方が、コペル君が命名した

ところの、「人間分子の関係、あみ目の法則」だ。

                                                 これは、コペル君が赤ん坊の時に飲んだ粉ミルクに

思いを致し、オーストラリアでできた原料のラクトー

ゲンが日本に輸入されて、コペル君の口に届くまで

に「とても、かぞえきれないほどおおぜいの人間が

、うしろにぞろぞろとつながっている」ことを認識し、

「人間分子は、みんな見たことも会ったこともないおお

ぜいの人と、知らないうちに、あみのようにつながって

いる」ことをそう名付けたものである。

                                                 ここのくだりを読むたびに思い出すのは自分の同様の

経験である。

それは、大学2年生の夏。

初めての海外体験であった。

イギリスのエジンバラでの1.5カ月の語学研修で欧州

各地から来ている若者達と触れ合った。

こちらから積極的に自己主張していかなければ仲間と

して認められないことを知った。

髪の長く大人の雰囲気を持つクラスメートのフランスの

女性がキスをしてこようとしたので、戸惑っていたら、

「Non?」と言われ、それが軽い挨拶だと知った。

エジンバラのフェスティバルで、エジンバラ城を舞台に

花火と競演するコンサートを聴いていたら、「威風堂々」

が演奏された途端、市民がブーイングを始めた。

スコットランド人の複雑な心境を知った。

スコッチウイスキーの原料となる麦畑はほのかに

ウイスキーの香りがすることを知った。

そして、スペイン人のパローマに軽く恋もした。

                                                 研修終了後はロンドンやブライトンで観光し、南回りで

帰路に。

マレーシアのKLで一泊のトランジットをし、マレーシア

航空機は成田を目指す。

着陸態勢に入ろうとするころ、東京の灯りが目に飛び

込んできた。

その瞬間、コペル君の言う「あみ目の法則」が光臨。

涙で目がにじんだ。

夜景もにじんだ。

                                                                東京を出て、再び戻ってくるまでにどれだけの人の

おかげを頂いたことか。

ありがとうございます。という言葉の意味が少しだけ

わかった瞬間であった。

帰国手続きを済ませ、熊本の祖父母へ電話をした。

祖父は泣いて喜んでくれた。

心からの大泣きをして喜んでくれた。

                                                世の中への、祖父母への恩返しをしていかなかけれ

ばならないと痛感した。

                                                 ちょうどお盆である。

祖父に近況を報告をしておこう。

但し、内容は甚だ情けない限りだが。

                                                      正直に報告しておくことにしよう。

2007年7月16日 (月)

ドラッカー師匠

直接会ったことがないにもかかわらず、その人の

著作を通じて、深く薫陶を受け、自らの生き方に

大きな影響を受けた人達が数名、私にはいる。

                                                その一人が、「見るために生まれ、物見の役を仰せ

つけられ」た、Managementの祖、Peter F.Drucker

(ドラッカー教授)である。

今の自分がこうして生きていられるのも、彼の

おかげと言っても全く大げさなことではない。

思い起こせば、まだまだよちよち歩きだった入社

3年目くらいに、ドラッカーによる『経営者の条件』

を読んだことにより、今の自分にまで至る気流に

乗ることができたのだと、真剣に思う。

そういう意味では、私にとってかけがえのない師匠

の一人だ。

                                                その師匠は、残念なことに、2年前の11月に急逝

されたのであるが、亡くなる直前の師の思い、

発した言葉がまとめられた本を2冊読んだので、

自らへの備忘としてここに記しておく。

                                                一冊目は、Elizabeth Hass Edersheimによる、

『THE DEFINITIVE DRUCKER(邦題:P・F・

ドラッカー 理想企業を求めて』(ダイヤモンド社)

である。

師匠自身が、著者にインタビューを依頼、逝去後、

著者による追加取材を経て今年出版されたもの

 

 ・「専門化が必要である。しかし、専門分化して

  はならない」。専門化しつつも、統合化しなけれ

  ばならない。

 ・二十一世紀のビジネスの世界は、組み合わせ

  自在のおもちゃのレゴの世界である。

 ・大事なのは物ではない。人であり、人の創造

  する力である。組み合わされることにより、人は

  絶大な力を発揮する。

 ・企業とは、個を大事にしつつ、個に報いることの

  できる活力ある社会を実現するための道具で

  ある。それは真の民主主義の担い手である。

 ・事業の成功にはアウトサイドイン、つまり企業の

  外からの視点が必要

 ・顧客は、必ずしも支払いをする者とは限らない

 ・企業たるものは、外の世界の地形の変化を

  掌握しなければならない

 ・「私は文化を変えるという考えは嫌いである。

  私が好きなのは、明日のために、自分たちの

  文化の上に何を築くかという話である」

 ・「明日とは機会のことである」

 ・「いまその事業を行っていなかったとしても、そこ

  に人材と資金を投入するか」

 ・「成果をあげるには体系的な廃棄が必要である

 ・「人事以上に時間を要する仕事は、失敗した

  人事の後始末ぐらいのものだ」

 ・「人は論理的には優れていないが知覚的な存在

  である。

 ・今日の知識労働者は、かつては聞かれたこと

  のない問題に答えられなければならない。

  「何をもって貢献すべきか」

 ・「われわれの一人ひとりがCEOである」

                                                 二冊目は、『ドラッカーの遺言』(講談社)である。

これは、講談社BIZ取材班が、師の急逝4ヶ月前に

行ったインタビューの記録である。

 ・真にグローバル化を成し得たものは、ただ一つ、

  「情報」のみである

 ・超大国が持つ「権力」ではなく、グローバル化

  した「情報」によって世界が強固に結びつく時代

  が来る

 ・重要なのは、「時代の変わり目」にいま自分が

  いるということを明確に認識できていること

 ・専門知識は単独では生産的ではなく、他人の

  知識と統合されることで初めて有効に働く

 ・インドと中国。この両国が急速な勢いで経済

  大国の仲間入りをすることで最も脅威にさらさ

  れるのは、あなたたち日本なのです

 ・あなたたちの多くが「問題重視型」の思考様式

  に囚われていて、「機会重視型」の発想を持って

  いない

 ・どんな長所を活かし、何をすることで、どれだけ

  の成果を挙げるのか?

 ・人はリーダーに生まれない。リーダーとして

  効果的にふるまえる習慣を持つ人が、結果とし

  てリーダーへと育つ

 ・「何をすべきか」を考え抜く

 ・経営者が自身や株主の利益を考え始めたら、

  決して事業がうまく回転していくことなど

  ありえない

 ・「事業にとって有益か否か」を考え抜く習慣を貫く

  姿勢こそ、株主にとっても最も大きな利益につな

  がる

 ・長所を探り出し、それを確立し、発展させていく

  こと、それをキャリアのできるだけ早い段階から

  始めることが最も重要

 ・その答えは、その人のそれ以前のキャリアの

  中に現れている

                                                                       

                                                師匠は、一冊目の最後のインタビューでこう

言われたそうだ。

                                                「なすべきことをなさしめた者として憶えられたい」

                                                明恵上人の、

                                                      「阿留辺機夜宇和(あるべきようわ)」

                                                  を思い出した。

                                                明恵上人もまた、直接会ったことなどないにも

わらず私がひそかに薫陶を受けている人である。

2007年7月 8日 (日)

進化することの代償

学部時代の専攻の影響もあり、生物学や心理学

を下敷きにした小説を読むことが多い。

今回は、高嶋哲夫氏の『命の遺伝子』(徳間文庫)

と小笠原慧氏の『サバイバーミッション』(文春

文庫)の2冊。

                                                前者は、ナチスの幹部であった者がクローン技術

を駆使して未だに生きていて、彼らが永遠の生命

を手にしようとしていることを阻止しようとする勢力

との争いに遺伝子科学者とその女性助手が巻き

込まれるという話。

                                                全編を通じてモチーフとなっているのは、進化する

ことの代償として生物が受け入れざるを得なく

なった死。

                                                細胞内に核を持つ真核生物のDNAは線状になった

ことで男と女の優性生殖が可能となり、DNAの組み

合わせを変えていくことで、多様性のある子孫を

生み出すことが可能となったのである。

                                                「雌雄のセックスの選択こそが多様な子孫を残し、

生物に進化をもたらした」

解説の茂木先生の言葉を借りれば、

「自然は、一つの世代を退場させることによって、

次の世代が活躍し、新たな発展を図る余地をつく

るという仕組みを生み出した」のである。

                                                男女が愛し合わざるを得ないことも、死ぬことを

恐れ、これも運命と受け入れていかざるを得ない

ことも、すべては、生物が進化して、よりよい明日

をつくっていくことを選択した結果なのだ。

                                                確かに、映画『ルパン三世 ルパン対複製人間(

クローン)』の中で、上記のナチス同様、永遠の

生命を手に入れようとするマモーも最後は、ルパン

と不二子の愛に負けてしまう。

(もちろん、この場合の不二子の愛は多少怪しい

が・・・ これもまた愛嬌)

                                                一方、後者の小説は、新米女性捜査官が、

システム上のみで生き続けるドクターキシモトと

言われる、昔実在した学者の脳をデジタル化した

人工知能とともに事件の真相を究明していくという

もの。

この中で男女の愛の話になった時に、キシモトが

呟いた一言が印象的であった。

                                                「愛するということは、肉体のない存在には、扱い

にくいものなのだ。たとえそうだったとしても、今

では想像することさえ困難な感覚だ」

                                                 相手に触れる、もしくは触れられるという感覚が

なければ、愛は存在しえないのである。

このことは肉体に限定せずともよい。

コミュニケーションをする相手の反応が得られ

ない場合に我々が覚える「痛み」は愛を感じられ

ない痛みだとも言える。

例えば、電子メールでやり取りをしていると、やり

とりの打ち切り加減に悩むことが多い。

つい、相手が更なる反応を求めていた場合、冷たく

思われないか心配してしまうし、一方でそうでない

場合、下手に返事をして逆に迷惑にならなければと

心配してしまう。

                                                話が脱線しかけてきたが、「愛」に、「死」に日々悩む

我々の苦悩の淵源が、真核細胞となることを選択

した祖先にあるのかと思うと、しょうがねぇなあとも

思う今日この頃なのである。

2007年5月13日 (日)

小林秀雄兄貴と妹潤子の対話から

小林秀雄先輩の妹君である、高見沢潤子氏が

秀雄兄貴との対話をまとめられたものが

講談社現代新書より出版されていて、先日、

一乗寺の古本屋にて発見、100円で購入した

(参考:amazonではユーズドで安くても880円くらい)。

この本は、先輩の文章が難解と言われていることを

受け、潤子さんが、

「兄さん、もっと分かりやすく教えてよ」

てな感じで、スタディガイドみたいなものとしてまとめ

くれたものである。

前回同様、先輩の言葉を単純抜粋+多少の備忘(☆)

を付けて記す。

①「会話というものは(中略)、相手の表情や、その

言葉の調子をようく注意しながらきいてなきゃ。」

 ☆「私達は、皆、生活上の必要から、肖像画家の

ように、人の顔の表情に関しては特に鋭敏にも

なっている」(『人生の鍛錬(以下、鍛錬)』より)

と言う先輩ならではの物言いだなぁ~。

②「大和魂っていうのは(中略)、柔軟な、現実生活

即した知恵のことをいっている。」「一般の、あたり

まえの、日本人的な、具体的な生活をしている人たち

が、大和魂をもっている」

 ☆ものを考えたり、何かを創作する時に、「実生活」

「経験」というものを重視するのもまた兄貴ならでは。

「眼高手低」とも言っていた。

③「わかりきっているさくらでも、いつまでも見あきず、

見入っているのは愛情だ。」

 ☆5/13(日)定例の参禅の後、北山まで足を伸ばし、

大田神社で、野生に群生する「杜若(かきつばた)」

を観てきた。多少の愛情はあったかな。。。

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④<潤子さんのご結婚にあたり兄貴が記した手紙

からの抜粋>「人間は心情(こころもち)というものが、

いちばんたいせつだ。毎日どんな考えでいるか、

と思わないで、毎日、どんな心情でいるか、と思わ

ねばならぬ。」

 ☆①も踏まえると、先輩ってば、「心の理論」の

天才かもしれぬ?

⑤「和して、社会的なものをもたなければ、個性的

なものは生まれないんだ。」

⑥「実行という行為には、いつでも理論より豊かな

なにかが含まれている。」

⑦「ゴッホの絵だとか、モーツァルトの音楽に、理屈

なしにね。頭で考えないで、ごくすなおに感動する

んだ。」

 ☆『鍛錬』では、「美には、人を沈黙させる力がある」

とか、「美が深ければ、深いほど、こちらの想像も解釈

も、これに対して為すところなく、恰もそれは僕に言語

障碍(しょうがい)を起させる力を蔵するものの様に

思われた。」とも言っていた。

⑧「ひとはひととともに生きるのだ、という根本の倫理

なければならないんだ。」

⑨「自分の経験をたいせつにして、自分の生きかたを

信じるようにしろ。」

 ☆ははあーっ。

⑩「私を無にせよといってはいない。無私というよく自在

に働く心を得よと言っている。」「無私というのは、相手

あるがままの姿を、すなおにうけとめて、全部自分

なくして、相手の対象だけ、はっきりすることから

はじめること。」

⑪「批評とは人をほめる特殊の技術だ。」「まずはじめ

愛せよ、信ぜよ、だね。」

⑫「作者は読者の忍耐ある協力を切望しているんだ。」

 ☆先輩もっすよね。。。

⑬「だけど歴史は、人間の体験がなくちゃ、存在しない

じゃないか。」

 ☆『鍛錬』では、こういう言葉も紹介されていた。

「瑣事というものが持っている力が解らないと歴史

というものの本当の魅力は解らない様だ。」

⑭「歴史という鏡のなかに、自分を見るんだからね。

(中略)そうしなければ、過去の人間がよみがえって

こないんだよ。」

⑮「争闘を自分との争闘に向けかえる力は精神の方

にある。」

⑯「心理学が人格を解体してしまうのだ。」「むずか

しい論理的な知識でなく、尊敬や、同情や、共感や、

愛情によって人間をつかむほうが、観察によって

人間をつかむより、ずっと鋭敏で確実だ、ということも

ほんとうなのだ。」

 ☆いましめ。警策。ししおどし。

⑰「わたしたちの肉体がもっと大きな物質のなかに

いるように、わたしたちの意識だってもっととてつも

ない魂のなかにいる。」

⑱「ほんとに自然なのは、いつでも自分よりも大きな

ものがある、ということを思うことなのに。」

                                                例により、錦の津之喜さんにて頂いた、宮城「一の蔵」

の今春造りたて特別純米生酒「ひゃっこい」を、同じく

錦の高倉屋さんおすすめの「大根のどぼ漬け」を

アテに頂きながら記す。720ml空きそうっす・・・

まじやばい。

2007年5月12日 (土)

単純書き写しに個性はあるのか。

先般、新潮新書(209)から、小林秀雄先輩の言葉を集めた「人生の鍛錬」が出版されたので、早速読んでみた。「かっこえ~」と思った言葉を単純羅列する。

全く、付加価値0の書き写しである。しいて言えば、ここに集められた言葉の集合が私の個性ということか・・・

1.人は便覧(マニュエル)によって動きはしない、事件によって動かされるのだ。

2.強力な芸術も亦事件である。

3.困難は現実の同義語であり、現実は努力の同義語である。

4.不安なら不安で、不安から得をする算段をしたらいいではないか。学生時代から安心を得ようなどと虫がよすぎるのである。

5.歴史の最大の教訓は、将来に関する予見を盲信せず、現在だけに精力的な愛着を持った人だけがまさしく歴史を創って来たという事を学ぶ処にあるのだ。

6.人間から出て来て文章となったものを、再び元の人間に返す事、読書の技術というものも、其処以外にはない。

7.あらゆる現代は過渡期である。

8.現在の要求に従い、汲んで汲み尽くせぬところに古典たらしめる絶対的な性質があるのだ。

9.知識のうちには、まさしく文明人がいるが、覚悟の裡(うち)には、いくら文明が進んでも、依然として原始人が棲んでいる。

10.先ず人間の力でどうしようもない自然の美しさがなければ、どうして自然を模倣する芸術の美しさがありましょうか。

11.到底言葉で言い現すことはできぬ。だが、これを言葉にしなければならぬ。

12.真似をするには、他人の存在が必要であるのみならず、他人への信頼が必要である。

13.忍耐力のない愛などというものを私は考えることが出来ませぬ。

14.先ず、何を措(お)いても、見ることです。聴くことです。

15.何だ、菫(すみれ)の花か、と思った瞬間に、諸君はもう花の形も色も見るのを止めるでしょう。

16.誰が人の心の不思議を知り得ようか。

17.人の心は、その最も肝腎なところで暗いのだ。

                                                   

以上

2007年3月13日 (火)

神谷訳「自省録」を読んでの自省録

待望の神谷美恵子先生訳の「自省録」(マルクスアウレリウス著、岩波文庫)が再販され速攻読んだ。講談社学術文庫版は読んだことはあったものの、どうしても神谷先生の文章で読みたかったのだ。

同書は体系立てた記述でなく、つれづれなるままに色々書いてある体裁となっているが、勝手に要点を7つに絞り、それぞれについて思ったことを書いてみた。これは完全に自分のための備忘録である。

①人間がこの世に生を受け、死んでいくことは、宇宙の元素が結合し最後に分解されることである

⇒我々も含めて、地球上に存在するすべての物質は、宇宙のちりに起源を発するのだろう。宇宙のちりから宇宙のちりへと還っていく。この辺り知見には疎いが、恐らくはそういうことなのであろう。

②自分自身の構成要素、すなわち自然に持って生まれたものを活かしながら生きるべきであること

⇒宇宙のちりからはさまざまなものができる。私はたまたま、何らかのご縁で、人間となっただけである(しかし、ここで言うところの「私」という存在も相当怪しい。この身体だって、日々摂取している空気や食物で入れ替わり続けているはず。そういう入れ替わり続けている身体組織から意識が生まれ、ずっと変わらない「私」と認識しているだけなのであろう。それだからこそ、「私って一体何?」という問いが我々をひきつけてやまないのである)。 そうであれば、人間として与えられた生をどう全うすべきかを考えて行動し、同じ人間であっても、自分に与えられた特質を十全に活かしきるよう努力すべきである、と言っているのであろう。

③自らの指導理性(ト・ヘーゲモニコン)、善きダイモーン、すなわち内なる自然の欲するがままに行動すべきこと

⇒それでは、人間として与えられた生を全うするためにはいかに生きるべきなのか。マニュアル本のような具体的で明快な答えは提示されていない。自らで考えるしかないのである。そうすると自ずと答えが出るということなのだろうか(*2)。

④現在を一生の最後の瞬間のように生き切ること

⇒自ら発見した答えを日々実践すること。苦しくとも、力の限り前へ進んでいくこと。自分で見つけて納得したことなのだから他人になんと思われようが気にすることはないのだ。ニーチェの永劫回帰を思わせる(*4)

⑤あらゆる出来事は、予め準備されていたことであるから、喜んでこれを受け入れること

⇒いくら自分で見つけた答えの通りに生きようと思ったって、人間は一人で生きているわけではないし、思い通りにならないこともある。災難や災害も起きる。しかし、宇宙のちりが何らかの要因で私になったように、あらゆる出来事も何らかの因果でそうなったのであるならば、「喜んで」と逃げずに受け入れていくしかない。

⑥我々を悩ますもの、煩悩はすべて自分の主観によるものであり、すべて外に放り出すべきこと

⇒「喜んで」も「いやだなぁ」もしょせん自分がその出来事を価値判断しているだけのこと。であれば、あれこれ考えないで、四の五の言わないで受け入れていけばよい。上記⑤と同様の趣旨か。動物が、怪我をしても痛そうにしないのはそういうことのようだ。人間が不幸にも交通事故に遭って亡くなるケースでは、自分で怪我の状況を見て分析したり、他人が自分の怪我を見た反応を見て気力をなくしてしまって、ということが多いと何かの本で読んだ記憶がある。熱がある時に、人に「熱があるんだぁ。かわいそう・・・」と言われて、急に元気を無くすのも同じことなのだろう(*1)。

⑦理性的動物である人間は相互のために生まれたものであり、協力すべきであること

⇒それぞれの人間が、なんらかの縁あって、宇宙のちりから生まれてきたものであるならば、それもまた受け入れていくしかない。あの人とは合うとか合わないとか、そんな価値判断もしゃらくせーということか。和を以って尊しと為す。これまた、難しいことではあるのだが・・・

以上(*3)

<追記>

(*1)般若心経に「照見五蘊皆空」とある。直訳は、五蘊、すなわち「色」、「受」、「想」、「行」、「識」は皆「空」なりと(観自在菩薩が)照見した、ということであるが、宮坂宥洪氏の解釈によれば、自分が自分である根拠、換言すると、自分を自分たらしめているものは、まさに、この五蘊、すなわち、「体がある」「感覚がある」「イメージを持つ」「深層意識がある」「判断をする」ということであるのだが、五蘊は決して自分ではない。どこにも自分は見当たらない。自分を探求すればするほど自分はいなくなってしまう。すなわち、五蘊というものがあることは認めるものの、同時にそれは自分ではないとの洞察を得ることを言っているのだという。まさしく、五蘊こそが煩悩や執着を生み出す条件なのであるが、それから解き放たれるべきだとの洞察であるという(「真釈 般若心経」 宮坂宥洪著 角川文庫)。類似したものの見方であるが、もしかして、このようなローマのストア哲学者の思想が仏教にも影響を与えて行ったのだろうか・・・法隆寺のエンタシスの柱のように。。。<17/Mar/07>

(*2)同書で宮坂氏は、般若心経の「般若波羅蜜多」を、「般若(智恵)という完成(波羅蜜多)」、すなわち、自分自身の内なる般若に目覚めよということだと解釈されている。こう解釈すれば、「般若」もまた、指導理性、内なるダイモーンとオーバーラップしてくる。

(*3)神谷先生は訳者解説で「彼が皇帝としてなまなましい現実との対決に火花を散らす身であったからこそその思想の力と躍動(エラン)が生まれたのかもしれない」と書いている。西暦120~180年頃まで生きたマルクスの言葉が現代を生きる私の心にすーっと染み通っていくのも、そのような日々の現実に格闘をする中で生まれてきた言葉だからであろう。加えて、訳者の神谷先生も同様にそのような格闘を身を削るが如く行じてきた方であることは衆目の一致するところである。

(*4)ナガオカケンメイ氏は、「死に向かってゆっくり歩いているのが人生だと思ったら大間違い。ものすごい急な坂を、僕らは転がっている。」と表現する(「ナガオカケンメイの考え」アスペクト)。<以上、18/Mar/07>