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2009年9月

2009年9月23日 (水)

Dou Venons Nous, Que Sommes nous, Ou Allons nous

竹橋の東京国立近代美術館で、

『ゴーギャン展』を観てきた。

一連の作品を観る展覧会はこれが初めてだったが、

観終わってみて2日程経つが、

独特の感じが残ったままである。

この感じを言葉にするのは難しい。

が、敢えて表現しようとすると、

彼の画には、笑顔や躍動感、

そして、ある種のおかしみのようなもの、

言い換えれば、ほんの少しのボケがないのだ。

                                                彼の表現を借りれば、彼の画は、

「私の中の抑えようない野蛮人」

が描かせたものである。

一方で、彼の中には、

「感じやすい人間」も住んでいるという。

                                                     彼の一生を追ってみると、

生後すぐに家族は共和派への弾圧を逃れる

ためにペルーへ退避。

その移動中に父が死去。

7歳の頃、フランスに戻り、19歳の時に母が死去。

株式仲買人として勤め、結婚。

しかし、絵画への情熱が捨てられず35歳で退職。

生活困窮が続く中、妻と子どもは妻の実家に別居。

ポスター貼りやパナマ運河の土方で生活をしのぐ。

タヒチに移っても生活困窮は続き、健康状態も悪化。

加えて、タヒチを舞台とする作品もパリでは評価されず。

さらには、娘の死をタヒチで知る。

                                                ただでさえ、これだけの波乱があれば、

相当こたえるはずなのに、

感受性が強い彼であればなおさらだったであろう。

そのような、絶望の淵で描かれたのが、

今回展覧会のメインである、

「我々はどこから来たのか、

我々は何者か、

我々はどこへ行くのか」である。

                                                その画の中の部分部分が何を暗示しているのか、

という謎解きを楽しむのも面白いのかもしれないが、

それよりも何よりも、

この画全体が彼にとってどういう意味を持つのだろう。

ということをずっと考えている。

                                                 彼自身、

「ひとりの人間の作品とは、その人間を語っている」

と言っている通りなのだろう。

2009年9月21日 (月)

今年のひやおろし。まずは2本。

日本酒に目がない私にとって、

9月の楽しみと言えば、「ひやおろし」である。

                                                今年の家飲み一番は、

神奈川の川西屋酒造さんの「丹沢山」となった。

伏線は、6月の建長寺で坐った帰り。

今や恒例行事となってしまっているが、

若宮通りの酒屋さんへ立ち寄ると、若旦那さんが、

「今年のひやおろしはいいですよぉ~」

と仰る。

6月にして?

そこまで言われれば、待つしかないだろう。

ようやく、19日(土)の建長寺の帰りに立ち寄った。

家で飲んだ。

これまで頂いたどの種類の「丹沢山」よりも、深い。

初秋にしては、深すぎるほど深い。

しかも、辛口。

しかし、ひやおろしはこうでなきゃ、

という手本のような深さに、

若旦那の6月の断言が、よくわかった気がした。

ちなみに、お米は、地元足柄産若水。

                                                          さて、ひやおろしの2番目は、伏見、招徳さんの

『秋上がり』である。

もともと、伏見の水の柔らかさを

うまい具合に活かされている招徳さんだが、

このひやおろしは、

その真骨頂がとてもよく発揮されている。

伏見の水のやさしさ、

女性杜氏さんならではのやさしさ、

で包み込みながら、

杯を重ねるうちに、米の旨味がじんわりと

五臓六腑に沁みわたり始める。

まずは、常温で飲んでみたが、

最初の柔らかさの割には、飲み飽きない。

次は燗で試してみよう。

                                                 間逆の位置づけのひやおろしだが、

どちらも、造り手の強い意思を感じるひやおろし

だった。

私のシルバーウイークは、

完全に日本酒ウイークとなっている。

2009年9月13日 (日)

若冲ワンダーランド

滋賀のJR石山駅からバスで50分。

奥深い緑の中にその桃源郷はあった。

MIHO MUSEUMへ到着。

受付をして、美術館へは、徒歩7~8分という。

迷わず、電気自動車ではなく、歩いた。

緑と心地よい風の中を歩くと、

身心ともに浄化されたようだ。

そして、ワンダーランドのはじまり。はじまり。

最近の展覧会では、あまり見ることの少ない、

モノクロの若冲ワールドがこれでもかと、

押し寄せてくる。

しかも、観客はまばら。

この奥地ならではであろう。

                                                今回のポイントは三つ。

まずは、『月夜百梅図』(28)。

展示、証明の仕方も良かった。

薄暗い証明の中で、

満月と白梅がほのかに浮び上がる。

見ていると吸い込まれそうになる。

妖艶な感じすら、ある。

これまでの若冲の画ではあまり感じたことがない

感覚であった。

でも、いい。

この画を暗い中で眺めながら、美味しい日本酒。

うーん。この時期なら、ちいと濃厚なひやおろしを

人肌燗くらいで飲んだら最高であろう。

BGMは、イタリアンオペラあたりか。

                                                 さて、next one。

これは、とても小ぶりなもの。

『鶺鴒図』である。

後でふれる、大きな象さんや鯨さんに比べれば、

ありさんのごときものにすぎぬ。

しかしながら、そのちいちゃなセキレイくんの

目には、しっかりとした意思が宿っている。

金刀比羅宮で見た、「若冲つばめ」同様の、

生きていく強い意思を感じる目である。 

                                                                          

                                                 そして、真打ちは言うまでもない。

今回はこれを見に、甲賀郡までやってきたと

言っても過言ではない。

本Planet初公開。

『象と鯨図屏風』。

ましてやこれを、一人占めできるとは

思ってもみなかったが、

言葉での説明はもはや不要である。

だって、象さんも鯨さんも、そして若冲先輩も、

超音波でコミュニケーションを図っていたのだから。

観るものも言葉を使ってはいけない。

                                                    両図の真ん中に立って、どんどん離れた。

展示室も出てしまった。

でも、人垣はまったくないので、

視界が遮られることはない。

両図が視野に入るくらいまで離れてみた。

このPlanet全体の雄叫びが聞こえてきた。

                                                 この雄叫びこそ、この画の真骨頂である。

2009年9月 7日 (月)

「バイバイ。ママ~。」

昨日、6日(日)。

ご縁があり、山口市にある育児園を

見学させて頂いた。

                                  
一人の女の子に声をかけた。

最初はぎこちないが、視線が合えば、

どんどん話しかけてきてくれた。

「見て見て」と自転車に補助輪なしで乗れることを

褒めて

くれと全身で訴えてくる。
                                                                   それでも、次の予定もあり、

極めて短い時間の滞在であった。

帰ろうとすると、一人の少女が、

我々のグループの女性の一人にこう言った。
                                                                   「ママ~。バイバーイ。」

「ママ~」と言うにしては、妙に淡々としている。

しかし、次の瞬間。私は強い衝撃を受けた。

それは、我々の言う「ママ~」という意味ではないのだ。

彼女にとっての「ママ~」は、たまにやってきて、

短時間だけ優しくしてくれるけど、

すぐ帰ってしまう人間。なのである。

彼女にとっての「ママ~」は、それ以上でもそれ以下でもない。

放っておけば、子どもは育つ、ということも確かにあるだろう。

しかし、彼女は決して一人ではここまでもこなかったはずである。

育児院の職員の皆さん。

地域の皆さん。

そして、洞春寺の皆さんの温かい支援があればこそ。

太陽は生き物の成育に必要なのだ。

                                                     老師は言われた。

「お寺だからここまでできたんです」

実際に育児院を訪れてはじめてわかったことが、

そこにはあった。

                                                                                                                           

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