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2008年9月 6日 (土)

細胞の意思

久しぶりに、細胞のお話。

団まりな先生の

『細胞の意思 <自発性の源>を見つめる』

(NHKブックス 1116 2008年7月)を読んだ。

極めて刺激的な本であった。

                                                   先生の主張は極めて明確である。

「細胞を、分子ではとらえきれないもの、

一般的には描写しきれないものと認めて、

人間や人間社会のドキュメンタリーのように、

細胞を個別に描写することを試み」た書である。

いや、先生は、より端的に、

細胞が意思をもつ。と言い切る。

                                                細胞の活動が、分子的、組織的な外力に規定される

ものだという考え方を「科学的考え方」とすれば、

先生は「擬人的考え方」の主張者である。

                                                  だからと言って、科学的厳密性に欠けるわけでは

ない。むしろその逆である。

                                                 この書を読んですぐに思い出したのは、

発生生物学の権威、岡田節人先生の

『細胞の社会』(講談社ブルーバックスB201 1972)

である〔⇒2007.6.19記事参照〕。

岡田先生の同書での表現こそ、擬人的である。

各章の題名からして、

「細胞同士のおつきあい」

「寂しがり屋の細胞」

「仲間がなければ生きられない」

「細胞は話し合う」

「細胞に永遠の青春を」

「細胞は手をつないでいる」

極め付きは、

「細胞は似たもの同士がお好き」

と来る。

                                                 さておき。

団先生は、細胞たちの「日常的な気分」に触れる。

                                                「細胞というものは、

生きていることを喜ぶ一方で、

ほとんどつねに”あくせく”していると考えています。

その理由は、細胞が死と隣りあわせの存在だから

です。」

                                                 「生きようとする細胞の”意思”、

周囲の状況をいち早く把握しようとする細胞の

”監視行為”、

死に抵抗する細胞の”創意”」

このような能力を細胞に認めるべきだと言う。

                                                 ここで、「細胞」を「動物」に読み替えれば、

シートンが『動物記』で詳細に記述した

自然の動物たちの姿にピタリと重なる。

                                                 さらに、「日本」と読み替えれば、

世界の中で「名誉ある地位」を占めんと願う

我々日本人が直面する課題となる。

                                                    このように、細胞を擬人的にとらえるからこそ、

見えてくるものがある。

そうすればこそ、細胞生物学の知見が、

その所定領域を超えて他の分野に貢献し、

さらにその地平を広げることにつながって

いくのではなかろうかと思うのある。

                                                そういう意味において、団先生の御指摘は、

刺激的であるし、頗る挑戦的でもあるのだ。

                                                    <補記、2008-9-23>

湯川秀樹先生は、

「生物の研究に対する物理化学的方法の

重要性を減殺するものではない」という前提で、

                                                「生き物を生き物として取り扱う態度と、

それを物理的化学的に最後まで分析しつくそう

という態度とは本来両立し難いのではないか。

われわれが生き物を生かしておくために、

物理的化学的な追求を断念する所、

まさにその所において生命の存在という

基本的事実が認められるのではなかろうか。」

と述べておられる。

(『目に見えないもの』講談社学術文庫94)

                                                そういう意味で、「細胞」というものは、

まさに、その所の汽水域に位置するもの

なのだろうか。

 

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