inprinting
インプリンティング(inprinting)。
日本語では、「刷りこみ」。
高校の生物で学んだ重要キーワードである。
確か教科書や参考書には、大人のあとを並んで
歩く鳥の雛のマンガがあったような・・・
その参考書を引っ張り出してきた。
『チャート式 新総括 生物』(数研出版、1984)!
「アヒルやニワトリ・カモ・ガチョウなどのひなは、
ふ化後の特定の時期に初めて見る大きな動くもの
(通常これは親である)のあとを追うようになる。
これを刷りこみといい、非常に若い時期に起こる
学習の特殊な例と考えられる。」
とある。
しかし、この現象を目の当たりにした科学者の
現場はそんな淡白なものではなかった。
その科学者の述懐。
「彼女の黒い瞳でじっとみつめられたとき
逃げださなかったばっかりに、
不用意にふたことみことなにか口を開いて
彼女の最初のあいさつを触発してしまった
ばっかりに、
私がどれほど重い義務をしょいこんでしまったか、
さすがの私も気づかなかったのである。」
その雛の「学習」の成果はすさまじい。
あとをピヨピヨついてくるというような、
生易しいもんじゃあない。
「あわれなヒナは声もかれんばかりに泣きながら、
けつまずいたりころんだりして私のあとを追って
走ってくる。
だが、そのすばやさはおどろくほどであり、
その決意たるやみまごうべくもない。
彼女は私に、白いガチョウではなくてこの私に、
自分の母親であってくれと懇願しているのだ。」
その科学者は、「生ある自然の真実はつねに
愛すべき、畏敬に満ちた美しさをもっており、
人がその個々の具体的なものを奥深く
きわめればきわめるほど、その美しさは
ますます深まってゆく」と書いているが、
その通りである。
参考書の淡白な記述ではわからない感動がある。
エラン・ヴィタール(生命の躍動)がある。
しかしながら、その現場はそんなかっこうのよい
ものでもなかったはずだ。
「行動の研究には、生きている動物と直接に親しむ
ことが要求されるとともに、
人なみはずれた観察の苦労が要求される」と
その科学者が言う通りなのだろう。
ビジネスの現場だってそうである。
かっこうのよい仕事の現場には、
外から簡単にはわからないドロドロとしたものがある。
そういう日々の合間に、こういう書物を読むことは
とても心地がよい。
私のように、とりあえず「刷りこみ」という言葉と、
通り一遍の意味しか暗記していなかったような
現在の受験生も、
受験が無事に終わったらぜひ読んで欲しい良書
である。
コンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz)博士著、
『ソロモンの指輪』新装版(早川書房、2006、初版は
1963)を読んで。


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